第20章:甲状腺がん

近年、ある種のタイプのがん─肺がんや乳がん、および前立腺がんのような予後不良となる危険性の高いがんの発生率が増加し、それが人々に恐怖を与え、この恐ろしい病気に対する意識が高まってきております。ある研究に基づいた1990〜1992年の間の甲状腺がんの予測発生頻度は、アメリカで女性100,000人に約6人、男性100,000人に約3人となっています(1)。甲状腺がんは他の多くのタイプのがんに比べ少ないのですが、最近は甲状腺がんの発生率が目立って増えてきております。これは主に1920年代から1950年代にかけて、様々な頭頚部疾患に対し、日常的に高線量の放射線照射治療が行われていたためです。甲状腺がんは放射性降下物にも関係があります。

医師が甲状腺が大きくなってきており、がんである可能性があることを告げると、その人は大抵恐れや不安を示し、時にはショックに陥ることさえあります。甲状腺のがんであることがわかると、患者は他の多くのタイプのがんに罹った患者に普通に見られるのと同じ、否定や怒り、うつ病の反応を示します。しかし、甲状腺がんはもっとも治りやすいがんの一つであります。それでも、甲状腺がんになった人が大変な苦悩や心配を経験する場合もあるのです。中には、がん細胞を完全にやっつけてしまうために、何年もかけて繰り返し治療を行うケースもあります。がんを根絶した後でも、生涯を通じてモニター(監視)を受け続ける場合が多く、中には再発を恐れながら暮らす人もいます。

一般的に、甲状腺がんの最良の治療法に関しては、医師の間ではっきりした意見の一致がありません。日常的に甲状腺がん患者を扱っている甲状腺専門医であっても、まったく同じ治療法に従うということはありません。甲状腺がんは研究がきわめて難しく、治療のガイドラインは主に回顧的研究を元にしたものです。研究者が最近、アメリカ甲状腺学会(2)のメンバーに対し、医師がもっとも多いタイプの甲状腺がんである乳頭がんをどのように治療しているかを確かめるための調査を行いました。この調査で、同じ病気に対して甲状腺専門医が様々なアプローチを行なっていることが確かめられました。

当然ながら、患者がセカンドオピニオンを求めた際に、しばしば最初にかかった医師が勧めた治療法と異なる方法を勧められるということがあります。そのため、甲状腺がんの管理に関する情報や知識の欠如から来る患者の混乱が、なお一層ひどくなる場合があります。このために多くの患者がうろたえてしまうのです。セカンドオピニオンのために私が診た甲状腺がん患者はこのように訴えておりました。「何か役に立つ情報はないかと友人から医学書を借りることにしたんです。何にもわからないために、大変不安に感じたからです」

甲状腺がんの多面性

甲状腺がんは2つの主な形で現れます。乳頭がんは、予後がもっともよく、甲状腺がんの全ケースの約70%を占めています〈注釈:日本の場合は90%〉。また、乳頭がんは若い年齢の人に起きる傾向があります。もう一つの主な甲状腺がんの変異形は濾胞がんです。これは甲状腺がんの全ケースの20から25%を占めています〈注釈:日本の場合は3〜5%〉。これは乳頭がんより少したちが悪く、一般的に予後も少し悪くなります。このがんは年齢の高い人に起こる傾向があります〈注釈:乳頭がんと濾胞がんをまとめて分化型甲状腺がんと呼びます。たちのいい甲状腺がんという意味です〉

幸いなことに、人が罹る中でいちばんたちの悪いがんのひとつである分化度の低い甲状腺がん(未分化がん)は非常に希です。このタイプのがんの発生源が、一部のケースにおいては未治療、あるいは治療が不十分な分化型甲状腺がん〈注釈:乳頭がんと濾胞がん〉である可能性があります。甲状腺がんの5%近くは髄様がんと呼ばれるものです〈注釈:日本ではもっと頻度が低い〉。時に、このがんは家族性であり、また副甲状腺や副腎などの他の内分泌腺腫瘍が一緒に存在することがあります(複合内分泌腺新生物:MEA)。髄様がんは、C細胞と呼ばれる異なったタイプの甲状腺細胞から起こります。これらの細胞はカルシトシンと呼ばれるホルモンを作ります。これはこのがんのマーカーとしても使われます。

未分化がんと髄様がんははるかに希なもので、異なった治療を要するため、この章では乳頭がんと濾胞がんのタイプに焦点を当てることにします。一般的に、これら2つのタイプのがんの治療は同じです。まず、甲状腺を手術で取りますが、これが治療のもっとも重要な要素であります。しかし、濾胞がんではよい結果を得るために、より侵襲度の高い手術、そしてリンパ節の郭清さえも必要とします。予後がよいことをうかがわせる主要ファクターの一つは、男性では40歳以下、女性では55歳以下であることで、これはがんがすでに広がっている場合でも当てはまります(3)。予後は、一般的に小児や青少年(4)、女性、診断時にがんが小さかった人(3cm未満)(5)でよくなっています。最初の手術後、多くは放射性ヨードで治療を受け、普通はその後、定期的に全身スキャンとサイログロブリンレベル(甲状腺の活動性が残っているかどうかを確かめるのに役立つ血液中のマーカー)の測定を受けます。サイログロブリンレベルが低く、フォローアップ中のスキャンが陰性であれば、治療により効果的に病気が不活化されたであろうことを示しています(6)

甲状腺を取った後の放射性ヨード治療は効果的なものですが、これは甲状腺内の甲状腺細胞が選択的にヨードを集積するからです。核医学を専門とする医師が放射能を持つヨードを含む液体を調製します。患者はこの液体を飲みます。これにより放射性ヨードが甲状腺まで達し、正常であろうと異常であろうとがん性のものを含め、残っている甲状腺細胞をすべて殺してしまうことができます。一部の患者では、がんを撲滅するために治療が1〜2回ではすまないことがあります。医師は最初の手術から6週間から8週間経ってからこの治療を行うことが多く、必要であれば6ヶ月から1年の間隔を開けて1回から数回この治療を繰り返します。

しこりへの対処

医師が普通、甲状腺がんを診断するのは患者にしこり、つまり医師がいうところの結節がある場合です。首のところにしこりがはっきり見える場合もありますし、医師が甲状腺を触って(触診)みつける場合もあります。多くのケースでは、結節が見付かるまでに相当長い時間が経っています。甲状腺結節や甲状腺がんの診断をつけた患者に対し、医師は安易に安請け合いをする傾向があります。「がんにならなきゃならないんだったら、これこそそうあって欲しい類のものですよ」とか、「誰も甲状腺がんで死ぬ人はいません。これから先もずっと生き続けるでしょうし、何にも問題は起こりませんよ」というような表現はまったく適切なものではありますが、そのために患者が病気について頓着しなくなり、思わぬ不幸を招いてしまう恐れがあります。

甲状腺を手で触って調べることで見付かる甲状腺のしこりは非常に多く、人口の5%に生じ、男性より女性に多いのです。小さな結節(直径1cm未満)の発生頻度は触診で見付かる結節よりさらに高いのです。10%以上の人に小さな結節があります(7)。このような結節は超音波診断や、時に他の理由で行った頚部の磁気共鳴画像診断(MRI)あるいはコンピューター断層撮影(CT)スキャンで見付かります。これらの小結節のほとんどは良性です。
基本的に2つのタイプの結節があります。ホットまたはウォーム結節はがんである危険性が非常に低いです。相当量のヨードを取り込み、残りの甲状腺組織から自立して、時間が経つと甲状腺機能亢進症を起こしてくることがあります。ヨードを取り込まないコールド結節は、甲状腺スキャン上では機能していない領域のように見えます。これは良性であることが多く、10から15%ががんであるに過ぎません。全結節のほぼ85%がコールドで残りがウォームまたはホットです。

甲状腺結節のある患者の診断のために、一部の医師は甲状腺スキャンを行います。しかし、今日ではこの方法を医師が取ることは少なくなりました。TSHレベルが低い場合にのみ(ホット結節である可能性を示す)甲状腺スキャンを行います。TSHが正常であれば、医師はコールド結節であると推測します。甲状腺結節が見付かった人すべてに手術をするのを避けるため、医師は穿刺吸引細胞診として知られる処置を勧めます(8)。医師が結節内に差し込んだ(3〜5回)非常に細い針を通じて細胞を取り出します。これにより結節が良性であるかがんであるか確かめることができます。この処置は盲目的に行われますが、針が実際に結節内にあるかどうかを確かめるため、超音波画像診断装置の助けを借りて行なうことが多くなってきています。結節が2.5cm未満であれば、盲目的な細胞診を行うよりも超音波画像のガイドを使う方がもっと確実な結果が得られます。腕がよい人の手にかかれば、この方法は非常に信頼性が高いものです。

ただ残念なことにこの方法は絶対確実なものではありません(9)。20から30%もの頻度で、判定で良性とがん性病変の区別がはっきりしなかったり、わからないという判定が出ます。そして、この判定の出たものの多くが濾胞性病変です。しかし、この判定からは良性の濾胞性腫瘍と濾胞がんの鑑別をすることはできません。判定がはっきりつかない患者全員が手術を受けるべきかどうかについては、意見の一致がないのです。大抵の場合、医師は選択肢を説明し、決断を患者に任せます。研究では、3cm以上の大きさの濾胞性病変を持つ男性には80%の確率でがんがありますが、小さな濾胞性病変のある女性ではそのリスクはずっと低くなることが示されています(10)。しかしながら、思わぬ不幸な結果とならないよう、濾胞性病変という判定が出た場合は、手術を受ける方が間違いないかもしれません。

ローザは自動車事故で首に怪我を負ってから、偶然に2cm程の結節が見付かったのですがその時38歳になったばかりでした。医師は穿刺吸引細胞診を行い、濾胞性病変であるという判定がでました。医師はローザにがんの可能性もあるけれども、悪性である確率はあまり高くないし、1年後にまた診てみましょうと言ったのです。また、その医師はこう言い足しました。「取ってしまいたいなら、外科医を紹介しますよ。それはあなたの個人的な選択です。そのままにしておくか、それとも今何とかするかを決める必要があります」

ローザはどうするか決めなくてはなりませんでした。彼女はこう言っています。「とても恐かったんですが、それが見付かってからずっと本当はよいことだったのに違いないと思っていました。ずっと行ったり来たり考えが揺れ動いていました。ある時は、何もかも大丈夫だと考えられるんですが、次には落ち込んでしまい、恐くて、3歳の娘のことを考えるという時期がくるのです」

ローザは何ヶ月もの間悩みました。それから私の元へセカンドオピニオンを求めてやってきたのです。彼女は手術をする方を選びました。そして、結節は良性であることが判明しました。彼女はもはや甲状腺がんであるかもしれないと悩む必要はなくなったのです。彼女は片方の甲状腺葉だけを取り、将来不活発な甲状腺になるのを予防し、結節が大きくなるのを防ぐため、1日75マイクログラムのサイロキシン〈注釈:チラーヂンS〉を飲んでいます。

同じようなジレンマはもっと結節が小さな場合によく起こります。そのようなしこりはきわめてありふれたものであり、通常は良性なので、医師は手術や穿刺吸引細胞診を勧めません。あなたがかかっている医師は6ヶ月から1年後に再度超音波検査をし、結節が大きくなっているかどうかを見るでしょう。もし結節のサイズが大きくなっており、1cm以上になっているのであれば、大抵の場合医師が細胞診を勧めます。それでも、子どもの頃に放射線照射を受けた既往があったり、甲状腺がんの家族歴がある場合、超音波誘導細胞診を直ちに受ける必要があります。

最近、私は小さな結節(7〜8mmのサイズ)のある数人の患者を乳頭がんと診断しました。小さながんはありふれたものです。そして、研究によるとその多くが長いこと小さなままなのです。1cm以下の小さな乳頭がんがある場合、医師はおそらくがんのある方の葉だけを取り、その後甲状腺ホルモン治療を行うように勧めるでしょう。しかし、小さながんの一部はたちの悪いものです。そして、中には甲状腺を半分だけ取った場合に再発してくるものがあります。この理由から、小さながんであっても私は甲状腺をほぼ全部取ってしまうよう勧めています。

甲状腺結節であると診断された患者で、そのサイズに関わりなくがんである可能性が高いことを示すファクターがいくつかあります。そのファクターは

  • 時間が経つにつれて結節が大きくなってくる
  • 男性である(結節はいずれにせよ女性の方に多いため)
  • 声がしゃがれたり、ものを飲み込みにくい、あるいは喀血がある
  • 外部放射線照射歴あるいは原発事故による放射性降下物の被爆歴がある
  • 大腸がんや家族性腸内ポリープ症の家族歴がある(遺伝的関連性)

甲状腺がんの診断上、もっとも問題を生じ易いのは、最初の穿刺吸引細胞診で正常と判定された人であっても、病変部にがん細胞が含まれている可能性があるという認識がないことです。最初の細胞診で良性という判定が出た人の3から4%程度が後で結局は甲状腺がんであるとわかるのです。この理由から、最初の判定で良性であると思われても、一部の医師は数ヶ月後にもう一度細胞診を受けるよう勧めます。繰り返して細胞診を行うやり方は、残念ながら日常的に行われてはおりません。そして、一部の患者は甲状腺がんの診断がついて、最終的に甲状腺を取ってしまうまでに何ヶ月、あるいは何年もの間、悪性の腫瘍を住まわせているのです。

アンドレアは喉がひどく痛むので内科の診察を受けに行きました。医師は彼女の甲状腺にしこりがあるのを見つけ、内分泌病専門医に紹介しました。その専門医は穿刺吸引細胞診を行いました。アンドレアは結節が良性であると言われ、安心しました。彼女は甲状腺ホルモン治療を始めることになりました。この治療で結節のサイズが小さくなる患者もいるのです。彼女はこれでトラブルはお終いだと思っていました。

ほぼ3年経ってから、彼女は太ってきたのと、甲状腺の機能が悪くなると太るということを聞いたので、別の内分泌病専門医の診察を受けました。この医師は甲状腺を手術で取るように勧めました。手術から回復中に、彼女は結節の中に甲状腺がんがあったことを知らされました。それは乳頭がんでした。アンドレアは非常に動揺し、その告知に打ちのめされてしまいました。

彼女は3年前に見付かった結節が間違いなく良性だと言われ、何にも治療がなされなかったということが信じられませんでした。さらに、1回量の放射性ヨードによるがんの治療を受けて、アンドレアは治りました。そしてそれ以来元気にしています。ここでの教訓は、甲状腺結節がたとえ良性だと言われても、6ヶ月後にもう一度細胞診をしてもらうべきということです。

良性の甲状腺結節をどの医師も同じように治療するわけではありません

穿刺吸引細胞診でしこりが良性であることがわかった後、一部の医師は結節を小さくするためにTSHレベルを抑える、または下げるための甲状腺ホルモン療法を勧めます。しかし、最近の研究で、この治療はほんの少数の患者にしか効果がないという結論が出ました(11)。多くの良性結節は最終的に何も治療せずに小さくなってしまいます。しかし、甲状腺ホルモン療法は、それ以外の結節が生じてくるのを防ぐように思えます。ただし、このような効果を得るための甲状腺ホルモン治療により、体内の甲状腺ホルモン過剰を招く可能性があります。これは骨や心臓、気分、および感情に悪影響を及ぼす可能性があります。この理由から、良性結節に対し、私はめったに甲状腺ホルモン治療を勧めることはありません。結節が大きくなり、懸念が生じたら、手術がいちばんよい方法と思われます〈注釈:わたしは良性甲状腺結節に対するチラーヂンSによるTSH抑制療法は30%の人で有効と考えています〉

感情と身体の激しい変動

ルイーズが甲状腺機能低下症と診断を受けてから3〜4年経って、医師は甲状腺がんの診断を下しました。彼女は甲状腺機能低下症のために甲状腺ホルモン補充療法を受けておりました。医師が彼女にしこりがあると言ったのは、年1回のフォローアップのための受診の時でした。ルイーズによると、「先生は『別に何でもないと思いますよ─大した事はないでしょう』と言ったんです。先生が休暇をとることになっており、戻ってきたら超音波検査をしましょうと言いました」ルイーズは内分泌病専門医に休暇をとる前に超音波検査をしてくれるよう頼みました。「先生は超音波をしてくれました。そして、それを結節と言いはじめたんです。それから先生はこう言いました。『休暇から戻ったら穿刺吸引細胞診をやってみましょう。そうすればそれが何だかわかりますから』」

ルイーズはその内分泌病専門医の見るからに無頓着な態度に当惑しました。そして、友人が勧める内分泌病専門医の診察を受けに行ったのです。2番目の内分泌病専門医は穿刺吸引細胞診を行い、結節が良性だと言いました。その医師は結節を押え込むために甲状腺ホルモンの量を増やしました。

1年後、ルイーズは別の町に引っ越しました。そこでまた別の内分泌病専門医がもう一度穿刺吸引細胞診を行いました。翌日、その内分泌病専門医が電話をかけてきて、がんが見付かったので手術が必要だと告げたのです。

ルイーズは慌てて外科医の診察を受けに行きました。その外科医は甲状腺をとらなければならないが、何にも心配ないと請け負いました。手術が終わった時、外科医が出てきて彼女の母親と夫に結節が良性であったこと、そのため甲状腺の片方の葉だけを取ったことを話しました。その医師はそういうことはよく起こるのだと言いました。ルイーズはそのよい知らせを回復室で聞きました。ルイーズと家族は大きな重石が肩から取り除かれたように感じていました。

30分後、またその外科医が戻ってきて、ルイーズの夫と話したいと言ってきました。医師は、病理学者が実際に腫瘍を切り開いて見たところ、別の腫瘍が見付かって、それが悪性だったと告げたのです。そのことがわかるまでに、ルイーズはすでに傷口の縫合を終えていました。

その外科医はルイーズに、腫瘍が大きくなかったので、心配することは何もないし、どの点から見てもちゃんと治ったと請け負ってくれました。その医師は放射線照射は勧めませんでした。自分の身に起こったことのために、ルイーズは心の片隅に疑いが残り、心から幸福に感じられませんでした。「最初、悪性と言っておいて、次に良性と言い、それからまた今になって悪性だと言いながら、どうして家に帰っていいと言えるんでしょうね。気は確かかしら」

数週間後、ルイーズは内科医に頼んでスライドを貰い、それを教育機関にセカンドオピニオンを求めるために送りました。その解釈の結果は最初のものとかなり違っていました。セカンドオピニオンは多病巣性のがん─甲状腺内に複数のがん病巣がある─ということでした(甲状腺がんが多病巣性である場合、もっと侵襲度の高い治療を必要とすることが多いのです)。これでさらにわけがわからなくなりました。今では、ルイーズは自分の治療をした医師への信頼を完全に失ってしまいました。

ルイーズが私の診察を受けにきた際、私はもう片方の葉も取ってしまうよう勧めました。術後、それは間違いなくがん性のものであることが判明したのです。ルイーズはこの知らせに呆然としていました。彼女の恐怖は募りました。そして彼女はひどく落ち込んでしまったのです。
彼女が言うには

感情的にも身体的にも大きく揺さぶられました。時々、このような目に会った後なのにまだ自分の名前を覚えているだけでも幸運だと思います。時には気がおかしくなりそうに思えます。最初にちゃんと適切な処置がされなかったことがとても腹立たしいのです。まるで今までのことすべてが悪夢のようです。これからずっとこの記憶を抱えて生きていかなくてはならないんです。このことから完全に立ち直れるかどうかわかりません。

2度目の手術の後、私はルイーズの進歩を注意深く見守りました。4年間続けて放射性ヨード治療を行いました。この治療でやっと彼女のがんは治ったのです。

ここに述べたような筋書きは多くの甲状腺がん患者に普通に起こることなのです。時に、治療が意見の相違により妨げられることはありますが、患者の治療を行うほんの一部の医師に知識と専門技術が欠けているためそうなることがいちばん多いのです。

甲状腺がんを誰が治療するべきか

腫瘍専門医(がんの専門医)は普通、甲状腺がんの適切な管理者ではありません。事実、ほとんどの腫瘍専門医はめったに甲状腺がんの管理を頼まれることはありません。その治療に化学療法の出番はないからです。一部の主流をなす内分泌病専門医もやはり甲状腺がん患者の管理に関してはあまり経験がないのです。紹介患者を診る医療施設、あるいは甲状腺がん患者をたくさん診るような環境で働いていない限り、大抵は個々の患者に対し、適応症であるかも、また適切であるかどうかもわからない紋切り型の対処をしてしまいます。

さらに、甲状腺の手術はデリケートなもので、行うのが難しいのです。この処置を行うために選ばれた外科医は、甲状腺の手術に経験を積んでおり、甲状腺がんの管理に関して適切な知識を持っていなくてはなりません。外科医は最適な治療の計画を立てるために内分泌病専門医と緊密に連絡を取りながら仕事をする必要があります。もしそうでない場合は、管理ミスや適切な治療を受けるのが遅れるという事態が起こる可能性があります。

一部の核医学専門医が甲状腺がん患者の治療を引き継ぐ場合があります。これは主流の内分泌病専門医よりも甲状腺がんを扱う頻度がずっと高いからです。しかし、個々のケースに応じた特定の方法を勧めることができるほど、十分な病理学的タイプに関する経験や専門知識は持っておりません。

ある外科医師は私が知っている甲状腺がん患者を核医学専門医に紹介し、治療を引き継いでもらいました。その核医学専門医は放射性ヨード治療と甲状腺ホルモン剤投与を指示しました。2年後、この患者には頚部に相当量の甲状腺がんがあることが判明しました。また、甲状腺ホルモン過剰の症状もたくさん出ていました。この核医学専門医は単に、甲状腺がん患者の完全な診断法と治療法を知らなかっただけなのです。

したがって、甲状腺がんと診断された患者は甲状腺疾患を専門とし、甲状腺がんの管理に相当な経験を積んだ内分泌病専門医を入念に捜さなければなりません。甲状腺がん患者の治療を行う内分泌病専門医は、他の専門医による治療内容の監視を受けるべきです。こうすれば、その医師が次に挙げるような様々な治療法や患者に加える介入処置の主な調整役となるはずです。

  • 手術、処置範囲を含めて(甲状腺を全部取ってしまうか、あるいは一部だけ取るか)
  • 病理報告の妥当性
  • 甲状腺組織標本より作成したスライドの判定に基づき、セカンドオピニオンを勧める
  • 放射線外部照射が勧められた場合は、放射線専門医との相互連絡を取る
  • 核医学専門医との相互連絡を取る

内分泌病専門医と最初に手術を行う外科医にとって、一致協力して治療に努めることがきわめて大切です。そのようなことがなければ、大変な管理ミスが起こる可能性があります。このことで、大変な苦しみや不安、葛藤を生じ、がんの経過を長引かせる場合も有り得ます。

ベラは、おそらくは内分泌病専門医と外科医の間の連絡がうまく取れていなかったことが原因で、重大な管理上の問題が起き、その結果大変な目に遭ったことを詳しく話してくれました。ベラは私の診察を受けるためにはるばるニューメキシコからやってきて、涙乍らに今までのことを話してくれました。
彼女が言うには

私が首に大きなしこりを触れた時、医師のところに行きました。その先生は私を内分泌病専門医に送りました。その専門医はがんかもしれないから手術が必要だと言いました。すぐに外科医のところへ行きました。その時には、まだ甲状腺がんがとても治りやすいがんであることを知らなかったんです。私はたいそう心配し、いつも泣いてばかりいました。一人で立ち向かうことがとても恐ろしかったのです。私は死ぬのだと思ってすっかり落ち込んでしまいました。今でもまだ死ぬかもしれないと思っています。息子が18歳になるまで何とか死なないで生きていたいということばかり考えていました。

手術室から回復室に運ばれた際に、主人からがんだったと告げられました。外科医がやってきて甲状腺を全部取らずにがんのある方の葉だけを取ったと言いました。私はなぜなのかわかりませんでした。私はその外科医が甲状腺の手術に十分経験を積んでいるのかどうか知りませんでしたが、内分泌病専門医はその外科医が上手だと言ったのです。

ベラの声は手術で声帯が傷ついたためにしゃがれていました〈注釈:この記載は間違っています。声帯が傷ついたのではなく、声帯を動かす反回神経を傷つけたのです〉。そして、私がもう片方の甲状腺葉も取る必要があると言ったら、泣き出してしまいました。2度目の手術で、もう片方の葉とリンパ節も冒されているのがわかりました。手術後、ベラはがん細胞がどこかに残っていないかどうか見るために6ヶ月から1年の間隔をあけて、数回の全身スキャンを受けました。その度に高線量の放射性ヨード治療を必要としました。

かなり大きい甲状腺がん(1cm以上)は、数多くの甲状腺手術をこなしてきた熟練した外科医に甲状腺を完全に取ってもらうようにしなければなりません。現在のところ、外来で甲状腺の手術を行うのが安全かどうか異論があるものの、一部の外科医はそのような手術を外来で行なっています(12)。手術は難しいことがあり、発話や発声をコントロールしている神経〈注釈:反回神経といいます〉を傷付けるというような合併症が起こるおそれがあります。外科医がうっかりと副甲状腺を傷つけたり、取ってしまう可能性もあります。この副甲状腺は甲状腺の後ろにあり、体内のカルシウムやリンのレベルをコントロールする働きがあります。副甲状腺がひどく傷つけられたり、あるいは取り除かれてしまった人には低カルシウムによる問題が起き、生涯にわたるカルシウムとビタミンDによる治療が必要になる場合があります。低カルシウムレベルのいちばん多い症状は、手に出る筋肉の痙攣だけでなく、口の回りや指のじんじんする痛みです。したがって、このような副作用を避けるためには、内分泌病専門医に甲状腺の手術に十分な経験を積んだ外科医を紹介して貰うようにしてください。

繰り返しますが、外科医の手術実績を尋ねることが大切です。外科医は少なくとも、1〜2年続けて、年に10例から15例の甲状腺手術を行っている医師でなければなりません。

放射性ヨード治療の準備

外科医が甲状腺全摘術を行った後、ほとんどの場合で6から8週間後に放射性ヨードを使った全身スキャンの予定が組まれます。その時には、放射性ヨード治療のために入院することになります。もはや完全に機能する甲状腺がないので、この6週間から8週間の間にわざと甲状腺機能低下症になるようにします。そうすればTSHが1リットルあたり40ミリ国際単位を超えるようになります。甲状腺ホルモンのレベルが非常に低いレベルにまで下がるのにそれくらいの時間がかかるのです。甲状腺細胞(正常なものであれ、がん性のものであれ)が最大量の放射性ヨードを取り込み、破壊されるためにはTSHのレベルが高くなくてはならないのです。

甲状腺機能低下症になっている数週間の間、様々な身体的、感情的症状が出てくる可能性があります。多くの患者は抑うつ状態になり、すぐにいろいろ変ったことが体に起こるのに気づきます。コントロールがきかなくなったように感じたり、あるいはほんの些細なことに怒ったり、いらいらするようになり、回りの世界すべてに腹を立てるようになります。患者はしばしば外出したがらなくなり、誰にも会いたがらなくなります。この怒りは脳内の甲状腺ホルモン欠乏と体の急激な変化の両方から生じるものです。このために自尊心や正常な機能に変化が生じてきます。

34歳のダニエルは、甲状腺全摘術を受け、スキャンのために6週間後にもう一度来るように言われました。しばらくの間、彼女は何ともありませんでした。それから、突然まったく別人になってしまったのです。
ここに彼女が自分の経験をどのように言い表しているかを示します。

まるで、体や精神の上に浮かんでいるような感じでした。自分の体や心がコントロールできないのです。それはとても恐ろしいことでした。急速に起こってくる体の変化がとても嫌でした。突然顔が腫れ上がり、うんと太ってしまいました。いつも寝てばかりいるようになりました。鏡を見て、自分の顔に起こった変化を見るのは、これ以上ないほど最悪のものでした。まるで鏡が自分の体の中に起こりつつあることをはっきり教えてくれているようでした。

とても落ち込んだ気分でした。あらゆる事が起こっているのに何にも変えることができないんです。

マイケルはもう一人の甲状腺がん患者ですが、初めて甲状腺機能低下症になった時の経験をこう言い表しています。身体的な影響があまりにもひどかったので、彼は自分の商売の監督を妻に任せなくてはなりませんでした。
彼はこう言っています。「手術後、2ヶ月の間に、どんどん太りはじめました。頭がひどく腫れたためにバイクのヘルメットが合わなくなりましたし、目も腫れ上がってしまい、コンタクトレンズがはめられなくなりました。薬指も腫れはじめて、指輪を外すのに汗みずくで1時間もかかりました。服も合うものがなくなりました。靴も合いませんでした。こんな小さなことが本当にいらいらを募らせたのです」

急激な甲状腺機能低下症の苦痛を最小限に抑え、期間を短くするために、普通私は術後最初の3週間にサイトメル(T3)を処方します。それから次の3週間はサイトメルを中止します。サイトメルを中止した後、TSHが望ましいレベル(1リットルあたり40ミリ国際単位以上)に上がり、いつでもスキャンや治療ができる状態になります。ホルモンバランスの乱れが長く続かないように、術後3日目に10マイクログラムのサイトメルを1日2回1週間飲みはじめます。それから、体重が115ポンド(52キロ)未満であるか、年齢が55歳以上、あるいは心臓病の既往がある場合は12.5マイクログラムを1日2回飲みます。それ以外は量を25マイクログラム、1日2回に増やしてもう2週間続けます。その後サイトメルを中止します。T3を飲んでいる間、通常どおり働けますし、何の症状も出ない場合もあります。しかし、サイトメルを中止した後、甲状腺機能低下症の厄介な症状が出てくるかもしれません。

T3を中止したら直ちに低ヨード食品からなる特殊な食事法に従うことをお勧めします(《第18章》ヨード:諸刃の剣の項にヨードを多く含む食品が挙げてあります。これは避けるようにしてください)。乳製品やランチョンミート(肉や野菜を混ぜて調理した缶詰食品)、ベーコン、ソーセージ、魚介類、卵麺、ぺーストリー、クッキー、ドレッシング、ケチャップ、クラッカー、プレッツェル、チップ類、およびすべての缶詰食品も避ける必要があります。この期間中は、少量の鶏肉や七面鳥肉、および子ウシ肉を摂ることができます。ジャガイモやパスタ、国産の米、新鮮な果物、野菜(ほうれん草を除く)もヨードの含有量が低いものです。食べるものに塩味がついていないか確かめ、ビタミン剤を含め摂るものはすべて必ず表示を読むようにしてください。この低ヨード食を放射性ヨード治療を受けてから1週間過ぎるまで続けてください。体にヨードがない状態にすることで、残っている甲状腺細胞が放射性ヨード治療を受ける際にヨードに“飢えた”状態になっているため、1回の放射性ヨードで治癒する可能性が高くなります。

低ヨード食では食塩の摂取量も減るため、急激に甲状腺機能低下症になった際に起こりやすい腫れや水分貯留を減らすことになります。甲状腺機能低下症になった際に多量の脂肪を体に貯め込まないように食餌は飽和脂肪が少ないものでなければなりません。この3週間の間、アルコールを飲んだり、安定剤を飲むのは避けてください。集中力や注意力に問題が生じるため、安全に運転する能力に悪影響を与えるおそれがあることに注意してください。職場の上司に急激な甲状腺機能低下症の影響についてちゃんと話しておくようにしましょう。できれば、休暇中に強制的な甲状腺機能低下症の時期が重ならないようにしてください。そのために抑うつ症状がひどくなる恐れがあるからです。

3週間の甲状腺機能低下症の時期が経過したら、医師がTSH検査を行います。TSHレベルが十分に高ければ少量の放射性ヨードが与えられます(4から5ミリキュリー)。48時間後に核医学専門医が首と全身の写真を撮ります。スキャンの後、放射性ヨード治療のため入院することになります。

放射線治療の孤独

放射性ヨード治療を受けることになっている人の多くは、あらかじめどのようなことが起こるかについて十分な説明を受けていません。
エミリーはこう考えたことを覚えています。

誰も放射線治療についてちゃんと教えてくれませんでした。私はいつも、それが甲状腺がんだったら皆が「それで死にはしないんだから大した事ないし、もしがんを選べるんだったらそれにするわ」と考えるなんて、ずいぶん変わっていると思います。私はその人達を見て、こう言います。「ごめんなさいね、私だったらどのがんもごめんだわ」と。がんはがんです。治療に伴う不安は大変なものでした。誰もが本当に甲状腺がんの影響を最小限にしか考えていないのに、私はもし自分が本当にがんであることに対処できさえすればいろんなことがもっとうまくいっただろうと考えていました。

医師はしばしば、これらの患者がスキャンや治療のために戻ってきた時はひどい甲状腺機能低下症であるということを忘れてしまいます。周囲の理解は歪んでいることが多く、ほんの些細なことが恐れや危惧、不安の元になることがあります。治療を受けている間、部屋に隔離されるので、疎外されたように感じます。多くの患者は、誰もがどうして放射性ヨードの液体をそれほど注意して扱かったり、手袋をはめているのだろうかと不思議に思います。それなのに自分がそれを飲まなくてはならないのです。

エミリーが放射性ヨード治療のため最初に入院した時、これからどうなるかちゃんとした説明を何も受けなかったので恐怖が倍増しました。彼女は液体が放射性ヨードであることを知っていましたし、医療スタッフが用心するだけの理由があることもちゃんとわかっていました。
エミリーが言うには

その人達は主人を廊下の離れたところに立たせました。そして私はその部屋の中で一人ぼっちでした。このような書き付けがあちこちに貼ってありました。「床を歩くことはできません」「特殊な材料をテープで止めてあるところだけを歩いてください」ガウンを着ると、彼らが鉄で防護された小さなビンを乗せたカートを運んできました。これで何をするんだろう。これで死ぬようなことになったら。誰かちゃんと量が間違いないか確かめたのかしら。彼らは部屋の中で量を測りました。見落としがあってはなりません。私は放射性ヨード剤についての注意事項に全部目を通しました。それを扱う人はまるで宇宙人のようでした。私はこう言われました。「さあこれを飲んで。コップの縁だけ触るようにして!」私は泣き出しました。本当に恐かったんです。私は「これを飲ませたいんでしょ。だったら何で皆向こうに行って、こんな手袋をはめているのよ。一体私はどうなるの?」と思いました。私はヒステリックになっていました。外に立っている核医学専門医がこう言いました。「エミリー、泣かないで。ただそれを飲めばいいんだから」私は考え続けました。「本当に自分がこれを飲みたいのかよくわからない」それでもまだ考え続けました。「がんに罹っていたいの?甲状腺機能低下症のままでいたいの?」それはノーでした。それで私はそれを飲みました。

食餌は使い捨ての皿と使い捨ての食器で出されました。患者が触れたものは何もかも捨てられるのです。トイレを使った後、3度流さねばなりません。トイレに行くよう水をたくさん飲まなくてはなりませんし、体から放射能を洗い流すために数回シャワーを浴びなくてはなりません。

私はまるで未知の病に冒されたある種の異邦人のように思えました。このために本当に落ち込んでしまったのです。息子に近付いたり、抱きしめたり、キスもしてはいけないと言われた時、私の精神状態はさらに悪化しました。たぶんこれがいちばんつらいことだったと思います。

放射線治療の後

放射性ヨード治療を受けたら、L-サイロキシンの形で甲状腺ホルモン〈注釈:チラーヂンS〉が投与されます。徐々に体の健康が戻り、気分も少しずつよくなってきます。しかし、ずいぶんよくなったと思えるようになるまで2週間ほどかかりますし、元どおりになったと思えるようになるには3から4週間ほどかかります。
ここにエミリーが治療後の様子を述べています。

どうしても食欲が戻りませんでした。甲状腺機能低下症の症状がどんなものであるか、また放射線治療の症状がどんなものであるか思い知らされる状況にあるというのは、ほんとうにつらいものです。どういうものかというと、一度に山のような疲労が押し寄せてくるのです。何か変ったと思えるまで2週間、そして元どおりになったと思えるまでたっぷり3〜4週間はかかりました。

甲状腺機能低下症からの回復を早めるため、放射性ヨード治療が終わったその日からL-サイロキシンを飲みはじめてもよいのです。症状がひどい患者に対しては、私はさらに回復を早めるために5マイクログラムのT3を1日3回、10日間追加して飲んでもらいます。

放射性ヨード治療を受けた患者の中には、喉の痛みや腫れ、あるいは首の痛みや圧痛のような頚部の症状が出る人もいます。このような症状は主に最初の放射性ヨード治療の後に起こり、ほとんどは甲状腺を手術で完全にとってしまった人です(13)。イブプロフェンのような非ステロイド系抗炎症剤がこのような症状には効果があります。多くの甲状腺専門医は、核医学専門医に治療後3日から7日経ってから全身スキャン(治療後スキャン)の写真を撮るよう頼みます。この場合は、スキャンのためにまた放射性ヨードを追加して飲むよう言われることはありません。治療で投与された放射性ヨードの量は通常のスキャンに使われる線量よりはるかに高いものだからです。この治療後スキャンで頚部や体の他の部位を広く見ることができます。このスキャンの結果は基準として使われ、今後撮るスキャンと比べ、治療の効果を詳しく評価することができます。

継続したモニター(診察)の必要性

放射性ヨード治療の後、医師が甲状腺がん患者に、正常な甲状腺機能を維持するに必要な量よりわずかに高い量の甲状腺ホルモンを投与することがよくあります。この目的はTSHレベルを正常以下に下げることですが、これはTSHが甲状腺細胞を刺激することがわかっているので、がんの再発を促す恐れがあるからです。しかし、中にはこの効果を生じるに必要な量をはるかに超えた甲状腺ホルモン剤を処方する医師もおります。そのために多くの患者が甲状腺機能亢進症の症状に苦しむことになります。最近、私は腫瘍専門医の治療を受け、非常に高い用量の甲状腺ホルモン剤を処方されていた患者を診察しました。この患者はこのような治療の結果、甲状腺機能亢進症の状態になり、異常な行動を示すようになっていました。

元々の腫瘍がどれほどたちが悪く、大きかったかにもよりますが、6ヶ月から1年に1回スキャンを繰り返して受けるように言われます。その時には、L-サイロキシンを中止するように言われますが、そうやって再度全身スキャンを行うために最初の時と同じように甲状腺機能低下症の状態にするのです。医師は、甲状腺ホルモンを中止している時にサイログロブリンレベルの測定も行いますが、これはもう一度治療が必要かどうかを決めるためです。全身スキャンが陰性であるのに、サイログロブリンレベルがまだ高いままであれば、頚部のどこかにまだ甲状腺がんがある恐れがあり、もう一度放射性ヨード治療を受けた方がよいと思われます。

これはサイログロブリンレベルが低く、全身スキャンが陰性になるまで毎年1回繰り返して行われます。甲状腺がん患者は、甲状腺ホルモン剤の中止により急激にひどい甲状腺機能低下症に陥るために、それが原因で生じる不安にたいそう悩まされることがあります。これは、全身スキャンの結果を待っている間に経験する相当な不安とあいまって一層ひどくなることがよくあります。いずれにせよ、それは非常に恐ろしい経験です。

「初めてそうなった時、これ以上ひどいことはないと思いました」ある患者が甲状腺機能低下症になった時のことについてこう言っております。「呆然となって口もきけませんよ。一体これからどうなるだろうと思って。2度目は本当にピリピリします。それから3度目は、もう死にたくなります。だって今度はどうなるかわかっているんですから」

最初の治療の前にしたように、3週間T3を使うと甲状腺ホルモン剤をたった3週間だけ中止すればよくなります。最初の治療の時と同じ食事法にしたがってください。今では、主治医がTSHレベルを上げるために筋肉に注射するサイロゲン(遺伝子組み替えTSH)を使うことができます。これは事実上甲状腺機能低下症になるのと同じ結果を生じます(14)
この薬は甲状腺ホルモン治療を中止する必要がなく、甲状腺細胞による放射性ヨードの取り込みを最大限にすることができます。今のところFDAはサイロゲンをスキャンの目的のみの使用を承認しています。サイロゲンを注射した後、スキャンで異常な取り込みが見られたら、もう一度放射性ヨード治療を受けるために最初の時と同じように甲状腺ホルモン剤の服用を中止しなくてはなりません。

ただし、サイロゲンを注射した後に行われるスキャンでは、甲状腺ホルモン剤を中止した後に得られるスキャンで見付かるような活動性がかならずしもはっきり現れるわけではないということを知っておく必要があります。この理由から、サイロゲンの注射をした後にサイログロブリンレベルを測定するのです。サイログロブリンレベルが1ミリリットルあたり2ナノグラム以上に上がっていれば、スキャンでは見付からないけれども、まだ甲状腺細胞の活動性があるということを意味します。医師がサイロゲンを注射した後のサイログロブリンレベルとスキャンの結果の両者を十分に吟味する場合、まだ残っているか、あるいは再発した病気を見逃す確率は非常に低くなります。サイロゲンを注射した後のサイログロブリンレベルの境界値は1ミリリットルあたり2ナノグラムとなっていますが、この方法が広がっていけば、臨床経験にしたがって変更する必要があると思われます。サイロゲンの副作用には頭痛や疲れがあり、ごく希に発熱やインフルエンザ様の症状が出ることがあります。

もし呼吸器系や心臓病がある場合、あるいは感情的に問題がある場合は、医師がサイロゲンを放射性ヨード治療にも使うことが許されています。これはいわゆるサイロゲン使用に関する“特別な配慮により認められたプログラム”であります。その場合は主治医がサイロゲンを使った治療プロトコールに従いますが、そうすれば甲状腺ホルモン剤を中止せずに放射性ヨード治療を受けることができます。

医師は、頚部超音波やCTスキャン、胸部X線写真、およびタリウム201スキャンなどを含めた別のタイプのスキャンでも甲状腺がん患者のモニターを行います。これらの方法は、全身スキャンで活動性が見られなくなった場合にサイログロブリンレベルと組み合わせると非常に効果的です。放射性ヨードによる全身スキャンは絶対確実なものではないことを覚えておいてください。放射性ヨードスキャンが陰性であるのに、まだがんがある人も中にはいるのです(15)

甲状腺がんは治る場合が多いというのは本当です。しかし、再発の可能性があるということを忘れてはなりません。たとえ治ったように思えても、主治医に定期的にちゃんと検査をしてもらう必要があります。

がんとの闘い

甲状腺がん患者の中には数回の放射性ヨード治療のみならず、放射線の外部照射(これは首のリンパ節まで広がっているか、再発してきた場合に行われます)さえも必要な人がいます。数回治療を行ってもまだがんが残っている患者も少数ですがいるのです。放射性ヨードの累積線量が高くなればなるほど、白血病あるいは唾液腺や腎臓、大腸のがん、そして女性では生殖器のがんに罹る危険性が高くなります(16)。例えば、白血病は少なくとも500ミリキュリーの放射性ヨードを投与された患者1,000人の内5人に発生すると思われます。レモンをしゃぶることで唾液腺に炎症が起きる危険性が減り、唾液腺のがんになる危険性も減るのではないかと思われます。私は放射性ヨード治療を受けた人に数日間緩下剤を処方することも多いのですが、これは放射能を消化器系から早く排泄させるためです。この緩下剤による治療で、大腸がんになる危険性が少なくなります。

結果がどうなるかわからないことから生じる不安は、他のタイプのがんに罹った患者が経験するものと同じです。甲状腺がん患者では治療が年に1〜2回しか行われないために不安も長引きます。中には答えが出るまで丸々1年結果について思い煩う患者もおります。心配、不安、そして怒りはDデー(スキャンがまだ陽性であるかどうか、そしてもう一度放射性ヨード治療が必要かどうかを告げられる日)が近づくにつれ、ひどくなっていきます。がんに関係して起こる感情的な問題が、甲状腺ホルモン剤の中止で起こるうつ病のために悪化することもよくあります。

ケリーは、放射性ヨード治療を3度受けましたが、まだ首のところにヨードを取り込む甲状腺組織が少し残っており、がんがいまだに治らないということが原因で軽いうつ病になりました。甲状腺ホルモン剤を飲んでいる時は仕事もできましたし、普通の生活を送ろうと努めておりました。がんのことをあれこれ思い悩まないようにしていました。まだ恐怖は感じていましたが、忙しくすることで紛らわせていたのです。ただ、薬を止めるとかならずうつ病の苦しみが始まりました。

彼女が来院した時に一度こう言いました。「この前の放射性ヨード治療の時、これで自分の病気が治って、もう一度この治療を受けなくてすむように願い、祈りました。いっそ逃げ出せたらと思いました。まだがんが残っていますし、死ぬのではないかのと思います。子どもを後に残して死にたくありません。そのことがいちばん私を苦しめるのです。甲状腺機能低下症の時はそのことに打ちのめされてしまいます」この時こそが、甲状腺患者の気持ちがもっとも張り詰める時期であり、家族や友人の支えを必要とする時期でもあるのです。

優れた支援システムの力

家族(この病気のことについて自分で学んでおくべきです)の支えに加え、甲状腺がん患者は支援グループに加わるべきです。あなたのために祈り、側にいてくれる親友がいれば助けになります。プラス思考は大変重要です。甲状腺がんは治る病気です。しかし、がん全般を扱う支援グループに入るより、甲状腺がんに罹ったことのある人と交流する方がすっとためになります。

私が知っているある患者は、がん全般を扱うプログラムに参加して、さらに落ち込んでしまいました。そして、彼女と同じ治療を受けた2人の甲状腺がん患者と会った時の方がはるかに大きな共感と支えが得られ、気持ちが楽になったのです。

私は評判のよいがん患者プログラムに参加しました。この病気との付き合い方を教えてもらえるだろうと思ったんです。外に出た時はこれ以上ないほど落ち込んでいました。医師が乳がんや前立腺がんのようないちばん多いタイプのがん─よく耳にするがんのことについて講義をしました。骨への転移についての話があったのです。それは私にも起こったことですが、それが如何にやっつけにくいものであるか、どれ程痛いものか、そしてどのように骨が壊されていくかという話がありました。私は打ちのめされてしまいました。その医師の話しは何とかこのような状況と折り合いをつけていこうとしている人にはまったく役に立たないものでした。私は2度とそこへは行きませんでした。

甲状腺がん患者の配偶者は辛抱できなくなり、いらいらすることもあるかもしれません。そこで甲状腺がん患者と生活を共にしている配偶者や親族が互いに話し合うことができる支援グループが助けになります。配偶者は性格の変化が起こるのは当たり前のことで、当然そうなるということを理解しておかなければなりません。協力的な配偶者は折りにふれてこう言うだろうと思います。「ほら、こういうことがあるんだよ。本にそう書いてあるよ。一緒に切り抜けようね。スキャンまでの何日かだけだから、そうしたらまた薬を飲んでもいいんだからね」

言葉で支えることの必要性をうんと強調しても、し過ぎることはありません。急激に起こるひどい甲状腺機能低下症のため、患者はさらに引きこもるようになります。自分がして欲しいことを見越してくれ、多くの支えが必要だということをわかってくれる人が側にいて欲しいのです。つらい目に遭っている人は我慢できず、感情の抑制もききません。そして具合が悪いのです。配偶者が急性の甲状腺機能低下症のために精神や体に起こることを知らなければ、相手の我慢のなさや怒りにうまく対応できないのは当然です。感情の動きはますます強くなり、感情にまかせざるを得ないようになってきます。そして患者は自分の弱さを思い知るのです。患者はより多くのものを求める傾向があります。

一般的に、甲状腺がんの治癒率は高く、予後は良好です。ただ、一部のケースでは治療が長引くことがあります。甲状腺がんと診断された人は誰でも、フォローアップ期間がどれくらいになるかはっきりわからないのです。治療の一般原則を理解し、それに伴う精神的な苦しみの元を知っていれば、間違いなくこの病気にもっとうまく対処できるでしょう。

覚えておくべき重要なポイント

  • 甲状腺がんはもっとも治りやすいがんの一つですが、たいそう気をもむようなこともありますし、完全に治るまでに何年もかけて繰り返し治療を受けなければならない場合もあります。
  • 医師の間では、甲状腺がんに対する最良の治療法についての意見の一致がまだありません。
  • 甲状腺がんには2つの主なタイプがありますが、それはいちばん治りやすい乳頭がんとそれよりもたちの悪い濾胞がんです。
  • 甲状腺がん患者は、甲状腺疾患を専門とし、甲状腺がんの管理に相当の経験を積んだ内分病専門医を見付けなければなりません。
  • 患者には放射性ヨード治療の性質と、その治療を受ける前にどのような反応を示すかについて、十分知らせておく必要があります。
  • 甲状腺がんは明らかに治療が成功した後であっても再発することがあります。そのため、患者は定期的に医師の検査を受けるようにしなくてはなりません。
  • 家族や親しい友人の強力な支援チームを作っておけば、あらゆる面で回復を助けてくれます。

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