第7章:体重、食欲、代謝

ジュリーは24歳の大学院生ですが、いつもは陽気で社交的な人間でした。しかし、不活発な甲状腺のために、体重が増え始め、そのことがもとで少しばかり落ち込んでしまいました。体重の問題が彼女を内気にさせ、引き込みがちになる程の影響を与えたのです。
彼女が言うには

私は口に入るものすべてを見張っていなければなりませんでした。これ以上太りたくなかったからです。でも、大変な食欲があって、結局は食べてしまうんです。そのことに対して罪悪感を感じました。唯一人の親友を除いては、誰とも外食しようとはしませんでした。カフェテリアでは食べないようにしていました。なぜなら、誰にも、特に男友達には私が食べているところを見られたくなかったんです。
私はパーティーに出かけるほどのエネルギーというか、健康だという感じがなかったのです。私は具合がよくないと感じていました。前はよくダンスに出かけたんですが、私が誰か男友達に一緒に行ってと頼んだら嫌だと言われるだろうと思うようになりました。男の人が電話をかけて、どこかへ行こうと誘うと、私は忙しいと言うことにしていました。

ジュリーが経験したことは典型的な甲状腺ホルモンバランスの乱れによる悪循環です。体重の問題と感情的葛藤がここでも脳と甲状腺ホルモンの間の複雑さを示しています。ジュリーの体重が増えたのは次の3つのファクターによるものです。

  1. 不活発な甲状腺のため、代謝速度が落ちたこと。
  2. ジュリーがいつも疲れていることと運動があまりできなくなったことの両方からくる、運動量減少によるカロリー消費量の減少。
  3. うつ病と不安が過食と自尊心低下を招き、そのために出かけなくなったのでさらにカロリー消費量が減ったこと。

これら相互に関わり合うファクターが著しい体重増加の原因となったのです。ジュリー自身は、彼女のうつ病と自尊心の低下を自分の体重のせいにしておりました。本当は彼女の問題の核心は甲状腺ホルモンバランスの乱れだったのです。ジュリーの甲状腺疾患に取り組む治療を開始すると、この3つのファクターすべて(代謝、カロリー燃焼の減少、およびうつ病に関連した過食と自尊心低下)が解決されました。ジュリーはやせ始め、自信が戻り、明るくなったように見えました。そして、また身体的にも活発になってきたのです。

ご存知のとおり、すべての体重の問題が甲状腺に関連した病気のせいとは限らないのですが、ジュリーの体重増加との闘いは多くの人、特に女性が直面しているものです。Journal of American Medical Association(アメリカ医師会雑誌)に1994年に発表された研究は、アメリカに住む成人の中の肥満症の罹患率を調べたものです(1)。それによると、1988〜1991年の期間中に年齢が24歳から74歳の間の成人の3分の1が太り過ぎであることがわかりました。さらに、人種別に分けてそれぞれのグループの女性を調べたところ、─これには非ヒスパニック系白人、非ヒスパニック系のアフリカ系アメリカ人、およびメキシコ系アメリカ人が含まれますが、男性より太り過ぎになりやすいことがわかりました。この研究では、非ヒスパニック系のアフリカ系アメリカ人およびメキシコ系アメリカ人女性の半分が太り過ぎで、また女性は今日、20年前に比べて太り過ぎの人が多くなっているということも示されました。

太り過ぎの女性が直面する社会的、文化的困難は大変なものであるはずです。すらりとしていなければならないという圧力があるからです。多くの女性が事実上ほとんど何も食べていないと言っているのに、それでもまだ体重の問題を抱えているのです。これらの女性の多くが、運動やダイエットをしていてもなかなかやせないのは、たぶん代謝速度が遅いためだと思われます。不活発な甲状腺が代謝速度を遅くするために体重増加の原因となるという知識が広まっていることと、体重増加や減少の理由がわからないことに対する絶望感とがあいまって、医療の助けを求めたり、甲状腺の検査を強く要求する人の増加につながっております。

医師は一般的に、そして甲状腺専門医は特に、体重の問題でフラストレーションを抱えておりその原因が甲状腺の病気であると信じている女性を扱うことが多いのです。これらの女性をさらに失望させることは、彼らの多くが結局は甲状腺の病気に罹っていないと判明することです。それにもかかわらず、甲状腺疾患が多くの女性にとっていらいらの元になるような体重の問題を起こす可能性があることは疑いなく、それは甲状腺の病気を適切に治療しなければ治すことはできません。同じくらい大事なことは、ホルモンバランスの乱れが治る前、そして治った後であっても、体だけでなく精神のケアも必要であるということです。

あなたの摂食行動を理解すること

食欲や摂食行動、そして体重増加はすべて脳のある領域内で、感情や気分、そしてストレスの知覚に関わる脳細胞と密接につながった神経細胞の相互作用により制御されています。感情や気分およびストレスを制御するいくつかの脳内化学伝達物質と同じ化学物質が、飽満感や食物の選択、そして味覚さえも制御する複雑な相互作用にも関わりを持っています(2)。この化学物質であるベータエンドルフィンは、体の天然の麻薬、または鎮痛物質の一つですが、食べるという刺激に反応して脳内で、満足感を与えるような化学的影響を生じます。ストレスはエンドルフィンの放出を刺激します。それが摂食行動に影響を与えます。ナロキソンは脳内麻薬物質の効果と反対の作用を持つ分子ですが、過食症患者の馬鹿食い行動を減らします(3)

神経伝達物質のノルアドレナリンやGABA(ガンマアミノ酪酸)、セロトニンのような他の脳内化学物質は気分障害や不安に関わるものですが、これもまた摂食行動に影響を与えます(4)。体のノルアドレナリンを使うシステムが炭水化物の摂取を刺激し、どれくらい食べるかに影響します。人がものを食べている間、視床下部が飽満感を感じる点までセロトニンが脳内で上昇し、それから食餌の量と期間を減らすことによって食物摂取を阻害します。脳内のセロトニンレベルを上昇させるような化学物質は炭水化物の摂取を減少させますが、蛋白質の摂取には影響を与えません。ノルアドレナリンが脂肪や炭水化物に対する欲求を増加させる一方で、セロトニンは両者に対する欲求を減じます。脳内で、これらの化学物質とその他の多くの化学物質やホルモン間の変化や相互作用が食欲(どのくらいの回数食べるかとか、いつ食餌を終わりにするか)だけでなく、どの食べ物を選んで食べるかということにも影響してきます(5)。しばしば起こることですが、抑うつ状態になると、セロトニンレベルが低くなり、その結果脂肪や炭水化物を異常に欲するようになり、より多くの食べ物を食べるようになる傾向があります。利用できるセロトニンのないことが、うつ病の人が完全な満足や飽満感に達することなく、過食する理由の説明となると思われます。

体重増加や減少は抑うつ気分にきわめて普通に付きまとうものであり、そのため体重の変化は通常、うつ病の主要症状と見なされています。甲状腺機能低下症であるかどうかには関わりなく、うつ病の人は過食を認めようとしないことがあります。これは過食が落ち込んだ気分や不安を和らげようとして、低セロトニンレベルにより誘発された衝動の結果であることが多いからです。食べ物は気分をよくし、快適さを増すための方法と見なされます。セロトニン欠乏症に罹っている人は大抵、炭水化物を食べた後に気分がよくなると言っております。

体重とセロトニンを使うシステム間のつながりは、フェンフルラミン(ポンディミン〈注釈:日本では入手できません〉)やデクスフェンフルラミン(リダックス、これは市場から引き上げられました)のような体重をコントロールし、肥満症の治療に使う薬だけでなく、現代の抗うつ剤がセロトニンの利用性や活性に影響を与えることによって効き目を現すという事実から、さらに裏付けられることとなりました。シブトラミン(メリディア〈注釈:日本では入手できません〉)は肥満症の人の体重コントロールに使う薬として最近承認を受けたものですが、脳内のセロトニンとノルアドレナリンの両方に作用して食欲を減らすものです(6)。実際のところ、研究者は体重コントロールに対する素晴らしい効果を見出す前に、最初シブトラミンを抗うつ剤として試験していたのです。エール大学心理学部学部長であるThomas Carrew博士は、「セロトニンがオーケストラの中の分子の一つであるに過ぎないが、トランペットやチェロ演奏者というより、脳からのアウトプットを演出するバンドリーダーのようなものである。(7)」と記しています。脳内の甲状腺ホルモンは間違いなく重要な楽器です。そして、それに変化が起きるとオーケストラのハーモニーを乱してしまうのです。

甲状腺ホルモンがどのように摂食行動と代謝の両方に影響するのか

甲状腺ホルモンは摂食行動の調節に大きな役割を果たしています。間違いなく、摂食行動に関わるいくつかの化学伝達物質に影響を与え、相互に作用し合っています。例えば、甲状腺ホルモンの過剰または欠乏がベータエンドルフィンやノルアドレナリン、GABA、およびセロトニンのレベルを変えるのですが、これらは摂食行動を調節しているのと同じ化学物質です(8)。甲状腺ホルモンも脳の食欲中枢に直接影響を与えます。例えば、脳内の甲状腺ホルモンが過剰になると、食餌の回数が増え、他のタイプの食物よりも炭水化物を選んで食べるようになります(9)

最近発見されたホルモンのレプチンは、脂肪組織で作り出されるものですが、代謝を調節するもっとも重要な化学物質だと思われます。レプチンはカロリーの摂取を減少させ、代謝速度を増加させます。長いこと食べていない場合、レプチンのレベルが減少し、内分泌系に代謝を遅くするような変化を生じます。このため、なかなかやせないようになるのです。同様に、肥満症と闘っている人ではレプチンが効率的に働いていません。これがカロリー摂取が増え、代謝が遅くなる原因です。強力な甲状腺ホルモンであるT3が十分に供給されない場合、レプチンが代謝を促進するようにうまく働かなくなります(10)。このレプチンの非効率化がまた食物に対する欲求を増すことになります。その一方で、あなたがレプチンがうまく働かないことによる代謝低下に取り組もうとしている多くの人の一人である場合、この非効率性のため、体内でカロリーを燃やす際に甲状腺ホルモンがうまく働かなくなります。

重症の甲状腺機能低下症には、ダイエットでやせることができない体重増加を伴うことが多いのですが、この体重増加の最大の原因は、体の代謝が遅くなるために分解し、エネルギーに変わる脂肪が正常な場合より少なくなるためです(11)。重症の甲状腺機能低下症がうつ病や不安も引き起こすことがあり、それがカロリー摂取量を増加させることにもあります。不活発な甲状腺が原因で、脳内のセロトニンが減ることも炭水化物や過食への欲求を高めることになります。

炭水化物に対する異常な欲求や大食症さえも甲状腺疾患患者に出ることがあるため、中には血液中のグルコース(糖)が低いという特徴がある病気、反応性低血糖症であると誤診される人もあります(低血糖症についての詳しいことは《第10章》ご覧ください)。

甲状腺機能低下症の人は摂食パターンのコントロールができなくなり、またカロリー摂取量を変え、気分をよくするために必要な生活習慣のガイドラインを守ることができないことが多いのです。このような人は食餌や間食の時間を決めたり、あるいは気分を高めるような食物を選ぶということができなくなる場合があります。カロリー摂取量の増加と代謝の低下が合わさって著しい体重増加、20から30ポンド(9から13キロ)もの増加が起こることがあります。体重の増えた甲状腺機能低下症の女性は、甲状腺機能低下症に罹っていない女性よりも体重増加を気にすることが多いのですが、これは単に不安やうつ病、自信のなさなどがすべて体重が増えたことによって強まるためであります。

非常によくあることですが、今まできちんと運動していた人が甲状腺機能低下症に罹ると、疲労や筋力低下、息切れ、そしてうつ病のために運動を止めてしまいます。運動不足と食欲が増すこととが合わさって、また甲状腺疾患のためでもありますが、急速に著しい体重増加が起こることがあります。これがまた深刻なうつ病を引き起こす可能性があります。

キャンディスは、私が診た時結婚して2年になる若く、魅力的な女性でした。彼女はジムに行き、運動するのを日課としていた健康によく気を付ける、体を鍛えた女性だったのですが、疲れを感じ始め、前よりたくさん寝るようになり、また他の甲状腺機能低下症の症状が出始めるようになると、生活習慣が次第に変化し始めました。甲状腺機能低下症であった時、体重を増やさないようにするのは大変なことでした。
彼女はこう言いました。

体重が増え始めた時、私は友人の誰とも出歩きたくありませんでした。ダンスにも飲みにも行きたくありませんでした。何もしたくなかったのです。主な理由は私がそんなに太ってしまった後でどのように見えるかと思うと気が重かったからです。しかし、疲れのために不活発にもなっていました。体重が増えたのと疲労のため、初期医療担当医のもとへ2度行きました。私は何か悪いところがあるに違いないと思ったからです。

私は前よりうんとたくさん食べていました。ほとんどいつも口を動かしていました。そうすれば体が強くなって、気分がよくなるのかどうかはわかりませんでした。毎日、今日は注意して、グレープフルーツを食べるようにしようと思うのですが、午後になるまでにすっかり疲れてしまい、続かなかったのです。何かが無性に欲しくなりました。大抵は甘いものでした。それを食べると、いつになく楽しいように思えました。

普通なら、私は運動すると食欲を抑えやすくなるんです。1日3マイルから6マイル(4.5キロから9キロメートル)走っていたのに、それが突然と言っていいほどまったく効果がなくなったのです。私は前よりもっと食べるようになりました。でも30ポンド(13キロ)増えただけではすまなかったのです。体重が増えるにつれて、私はいらいらするようになりました。いらいらするので、さらに食べ、もっと太りました。私は何時間も暗い静かなところにじっと座っていました。

すべてのことに対してコントロールできなくなりました。朝起きてこう言い聞かせるんです。「今日はちゃんとした食べかたをしよう。」でもその日が終わるまでにどうでもよくなっていました。家に帰る途中、20フィート(7メートル)ばかり足をのばして食料品店に寄り、ちゃんとした食べ物を買うということができませんでした。私は途中でハンバーガーを買って、家に帰ってそれを食べ、それから寝ていました。このサイクルが私の生活のすべてを支配するようになったのです。

意志の力のことを説いても、キャンディスのような苦しみを味わっている人には何の効果もありません。彼らはただ、以前していたように健康的な食餌をしたり、運動を続けることができないだけなのです。キャンディスの母親はこう言いました。「私達は一緒にJenny Craigの元に行きました。そのダイエット法は私には見事に効いたのですが、キャンディスには効果がありませんでした。彼女はいつもごまかしてばかりで、ちゃんとやろうという意志の力がなかったんです。彼女はふさぎ込み、泣いてばかりいました」

キャンディスのケースは、甲状腺機能低下症の人によく起こる悪循環を具体的に物語るものです。甲状腺機能低下症がきっかけでうつ病になり、自尊心が低下します。そしてそれが代謝の変化と合わさって悪循環となるのです。うつ病が体重増加の大きな原因となり、体重増加がうつ病を悪化させるのです。このような人は食べる量が増えたからといって、そのように急激に太るほどには食べていないはずだと思っていても、身体的な活動が減っていることを計算に入れていないのです。このような状況では、医師が甲状腺機能低下症と診断して適切な治療を施すと、やせてくるし、またうつ病もなくなります。したがって、この悪循環は2つのレベルで断ち切ることが可能です。代謝を促進することとうつ病を緩和することです。

軽度の不活発な甲状腺でも体重の問題が生じるのか?

甲状腺機能低下症患者に起こる体重の問題で、いちばんひどいものは重篤な甲状腺ホルモンの欠乏がある患者に出る傾向があります。しかし、重症の甲状腺機能低下症は人口の2%にしか発生しません。それならば、なぜ人口の半分が直面している体重の問題に、実際甲状腺ホルモンバランスの乱れが大きく関与しているのだろうかと不思議に思われるかもしれません。明らかに、中等度あるいは重度の甲状腺機能低下症の影響のみを考えるならば、それは最小限のものです。しかし、少なくとも人口の5から7%に軽い甲状腺機能低下症があります(12)。ただ、軽度の甲状腺機能低下症が体重の問題の原因であるかどうかを確かめるためのきちんとした比較対照研究はほとんどなされていないのです。

少数の患者を対象として行われた研究がありますが、それでは軽度の甲状腺機能低下症患者を甲状腺ホルモンで治療しても体重が減らないことが確かめられました(13)。しかし、この研究では軽度の甲状腺機能低下症が気分や体重に与える長期的影響を調べておりません。多くの医師が、ストレスやうつ病、運動不足のため太りやすい女性を治療しておりますが、このような女性は軽度の甲状腺機能低下症によっても体重が増えるのです。これらの女性では、その他のファクターに対処し、うつ病が治療で完全によくなりさえすれば、甲状腺の病気を治すことで必要なだけ体重を落としやすくなります。体重増加は甲状腺の検査を行う理由となります。特に甲状腺機能低下症の感情的、身体的症状が出ている場合は検査をしなければなりません。

甲状腺が活動し過ぎの時

活発すぎる甲状腺のある女性の多くは、この病気が原因で体重が減るのを喜びます。活発すぎる甲状腺を治すための薬を飲み始めると、体重が増えるのでがっかりすることがあります。私は甲状腺治療薬を飲むのをわざと止めた女性を見たことがあります。その他の症状がそれ程ひどくない場合、また太ることよりもそのような症状を我慢する方を好むのです。これは私が何とか止めさせようとしていることです。この病気を治療しないままにしておくと、体内の過剰な甲状腺ホルモンのため、最後に心臓病や骨喪失と骨粗鬆症、またその他の多くの衰弱を招くような疾患になることがあります。

この何がなんでもやせたいという欲求は、オードリーのケースにあてはまります。彼女は22歳で、ほとんどずっと体重の問題で悩んでいたのですが、甲状腺機能亢進症になったらスマートになったのです。私は彼女に抗甲状腺剤を出し、フォローアップのため、再度甲状腺の検査に来るように言いました。3週間治療しただけで、また太ったのが気に食わず、オードリーは薬を飲むのを止めてしまい、再び診察に来たのは8ヶ月後でした。その時、まだ甲状腺機能亢進症でした。

私はなぜ治療にちゃんと従わなかったのかと彼女に聞きましたら、オードリーは正直にこう答えてくれました。

最初、私はそんなはずはないとずっと思っていました。それから気分がよくなり、ちょっとばかりまともに感じ始めました。底にある事実、やせたのはまったく不自然なことだということはわかっていました。やせるようなことは何一つとしてしていませんでした。私はまた元どおり太り始めるだろうということもわかっていました。私はやせているのも悪くはないと考えるようになりました。自分に、別にそれほど具合が悪いわけでもないし、だからただ薬を止めるだけでいいのだと言い聞かせました。薬のためにまた太り始めたからです。私の主人は薬のことにはとてもやかましく、「毎日飲む必要があるんだ。忘れてはいないだろうね」といつも言っていました。

私達は休暇で出かけ、その時に私はわざと薬を持っていきませんでした。主人がそのことを知って、私を処方薬が出せる薬局に行かせました。それでも私はそこにいた2週間の間、薬を飲みませんでした。そしてとうとういつも着ているワンピースの水着でなく、セパレート水着みたいになってしまったんです。この薬を飲むほかないということを思いながら、薬を飲めばここにいる間に太ってしまうと考えていたのを覚えています。休暇が終わって家に帰った後でも、先生の診察予約を先延ばしにしました。私はどうしようって思ったんです。先生が検査したら私がしばらく薬を飲んでいないことがすぐわかってしまうじゃありませんか。私は何も悪くないし、前より具合よく見えるから病気だってそんなにひどくないんだと思うようにしていました。

活発すぎる甲状腺は、過剰な甲状腺ホルモンが体と精神に及ぼすすべての悪影響をストップさせるために、すぐさま治療することがきわめて大切です。甲状腺の状態を整えている間に、患者は常識に従って最適な体重のコントロールを達成するようにしなければなりません。

活発すぎる甲状腺がかならず体重の減少を起こすとは限りません。それはちょうど不活発な甲状腺になるとかならず太ると誤って信じられているのと同じです。実際、甲状腺が活動し過ぎの女性の中には、やせる代りに太ってしまう人がいます(14)。このような甲状腺機能亢進症のケースでは、体の代謝が増すこと、それが脂肪の貯えを減少させることにもなりますが、またカロリー摂取量の増加が同時に起こります。甲状腺機能亢進症の患者は食物に対して異常に欲求が強くなり、以前食べていたよりはるかに多くの量を食べることがよくあります。これは甲状腺ホルモンが脳内にある、食欲を調節するメカニズムに直接影響を与えるからです。このカロリー摂取量の増加は、おそらく甲状腺ホルモンが体の中にあふれかえった時に、体のエネルギーを保存するための防衛メカニズムだと思われます。

この好例はジェシカのケースに見られます。彼女は30歳の時にバセドウ病になりました。甲状腺の病気が出る前は、いつもほっそりしており、体も引き締まっておりました。彼女の甲状腺が活動し過ぎになった時、甲状腺機能亢進症の典型的な症状に加え、著しい体重増加が生じました。それが彼女を大変落ち込ませ、ますますいらいらするようになったのです。
彼女が言うには

私はくたくたに疲れきっており、ふさぎ込んでおりました。そして発作的に泣くことがありました。私が太っている間、間違いなく食欲が増していました。それが食欲なのか、あるいは私があまりにも疲れきっていたせいなのかはわかりませんが、自分が満足する以上に食べていました。再び具合がよくなるような、ちょうどよい薬の量を見付けるのにしばらく時間がかかりました。薬を飲んでいる間に、甲状腺の具合がよくなってきたためと、私が特別に努力したことから、またやせました。私は大変な注意を払って何とか太った分の体重を全部落としました。それはものすごく厳格にしなければなりませんでした。

よくあることですが、甲状腺ホルモン過剰によって生じる脂肪の分解の増加とエネルギーのロスが甲状腺機能亢進症患者のカロリー摂取量を上回り、この収支のマイナスが体重減少につながります。しかし、甲状腺ホルモン過剰と甲状腺機能亢進症によって引き起こされるひどい不安あるいはうつ病の両方が原因で、食欲中枢が影響を受け、またカロリー摂取量が代謝促進の結果燃やされるカロリーの量を超えて増加するという人も中にはおります。この結果収支はプラスとなり、体重が増えるのですが、この体重増加は甲状腺機能低下症の患者に起こるのと同じくらい著しいものである場合があります。

活動し過ぎの甲状腺によって引き起こされた体重増加のため、甲状腺機能亢進症患者が甲状腺機能低下症の人と同じように落ち込んでしまうことがあります。ストレスと不安をコントロールするために精神─体の治療が大切です。

甲状腺機能亢進症の患者は、病気が治った後再び太り始める可能性があると注意を受けないことが多いのです。体重の問題それ自身が重大な不安や抑鬱気分を引き起こす原因、あるいは一因となる可能性があるのです。甲状腺機能亢進症のためにやせた女性が適切な治療を受けて、甲状腺の病気が治ると著しく太ってしまうことが頻繁に起こります。甲状腺機能亢進症が治った後、甲状腺機能亢進症になる前よりもっと太ってしまうことさえもあります。ある研究で、甲状腺機能亢進症の治療を受けた女性のほぼ半数が、甲状腺機能が正常になった後、著しい体重増加を見ることが示されました(15)。多くの患者が自分達の甲状腺機能が不活発になり、そのために体重が増えたと思っておりますが、この場合の体重増加のメカニズムはまったく違ったものです。

甲状腺の病気が落ち着いた時に起こる甲状腺機能亢進症の患者の体重のリバウンドの理由には、主なものが3つあります。

  1. 体があまりにも多くの甲状腺ホルモンに曝された時、その代謝メカニズムが高いレベルに移行します。甲状腺機能が正常に戻った後、代謝は前より低いレベルに戻ります。
  2. 過剰な甲状腺ホルモンが食欲中枢に障害を起こすと、甲状腺機能が正常になった後でもその障害が残る場合があります。これが食欲の増進とカロリー摂取量の増加を含む残留効果につながる可能性があります。
  3. 甲状腺機能亢進症でエネルギーの貯えの取り崩しが起こります。これは体脂肪だけでなく、筋肉組織内でも起こります。多くの甲状腺機能亢進症患者は、病気が原因で幾分筋量が減少します。いちばん大きな筋量減少は、大腿四頭筋や上腕二頭筋のような筋肉に起こる傾向があります。甲状腺ホルモンレベルが正常になれば、失われたエネルギーの貯えを元に戻す作業は、筋肉でなくむしろ脂肪を貯めこむ方に向かいます。ある研究では、甲状腺機能亢進症を治すと、筋力は正常より低いままですが筋肉の運動能力は20から40%自然に増加することが示されました(16)。このため、甲状腺機能亢進症に罹っていた間に失われた筋量を増すことを目的とした運動や身体活動が代謝を促進し、甲状腺機能亢進症が治った後の体重増加の予防に効果があります。

体重のコントロール

医師や家族、そして愛する人の支援があれば、甲状腺ホルモンバランスの乱れが治った後に、甲状腺の病気が体重に及ぼした影響に立ち向かうための段階を進めていくことができます。一部のケースでは、シブトラミン(メリディア〈注釈:日本では発売されていない〉)のような食欲抑制剤の服用も効果があります。しかし、医師は普通、体格指数【BMI(body mass Index)〈注釈:計算式=体重(kg)/身長2(m)〉】が30以上でなければ食欲抑制剤を処方しません。BMIは医師が体重の問題の重篤度を測るものですが、体重と身長のファクターを入れた公式を使って計算します。BMIスコアが20から26の範囲であれば健康的であると見なされます〈注釈:日本では肥満のクスリとしてはマジンドール(商品名:サノレクッス)のみが、保険適応になっています〉

しかし、食欲抑制剤はやせるための魔法の丸薬ではありません。例えば、シブトラミンは満腹度を強め、脂肪摂取量を減らし、また“褐色”脂肪組織に対する効果を通じてカロリーの燃焼を促進するものですが、他の食欲抑制剤のほとんどがそうであるようにやはり副作用があります。希と思われますが、その副作用には頻脈や血圧の上昇などが含まれます。それでも、シブトラミンを2ヶ月ほど使うことで、理想体重の維持を可能にする精神─体プログラムを始めやすくなる場合があります。

最近導入された、もう一つの太り過ぎの人のためのやせ薬はオルリスタット〈注釈:これも日本では入手できません〉で、これは脂肪吸収に作用します。しかし、この薬はビタミン欠乏を起こす可能性があり、また下痢が起こることもあります。甲状腺治療薬の吸収にも悪影響を与えるおそれがあるため、私はこの薬をあまりお勧めしておりません。

体重減少を促進するため、定期的な運動を少なくとも4から5週間行い、健康的な食習慣にし、そして線維の含有量の高い製品を摂ることが、ほとんどの人にとって食欲抑制剤を長期にわたって使うよりもよいアプローチ法となります。このように生活習慣を変えることで、セロトニンレベルを変える薬を飲まなくても、高いセロトニンレベルを維持する効果をあげることができます。

食餌は特に大事です。セロトニンは脳内で必須アミノ酸のトリプトファンからできるのですが、すべてのアミノ酸がそうであるように、トリプトファンは蛋白質の中にしか見られません。しかし、ほとんど蛋白質だけの食べ物を大量に摂取しても脳のセロトニンレベルには大して影響しません。なぜなら、蛋白質の中にある他のアミノ酸が脳内へ入る際にトリプトファンと競合するからです。ただ、ある種の複合炭水化物が選択的にセロトニンを脳内に入りやすくします。動物による研究では、複合炭水化物の含有量が高い食餌を食べるとトリプトファンとセロトニンのレベルが上昇することが確かめられました。したがって、食餌プログラムの中で、うつ病を緩和するための複合炭水化物の摂取を増やすようにしてください。

うつ病がかなりひどく、なかなかよくならない場合は、選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)のようなセロトニンレベルを変える薬で、うつ病や体重の問題に効果が出る場合があります。

甲状腺機能低下症が治ったのにもかかわらず、繰り返し体重が増える患者の一部で効き目のあった別の方法は、T4/T3を合わせた形の甲状腺ホルモンを飲むことです。これらの患者を合成サイロキシンのみで治療すると、正常な代謝を取り戻すのに必要なT3すべてが賄えない場合があります。正常な甲状腺機能を維持するに必要な甲状腺ホルモンの総量は、主に合成サイロキシンの形で与えることができますが、それに少量のT3を加えるのです。この余分なT3を与えることで、レプチンというホルモンが代謝を増加させる効果も増すと思われます。末梢代謝に及ぼす影響以外に、T3治療が摂食行動をコントロールする脳内化学物質に影響を与えると思われます。

少し前までは、トリプトファンの錠剤が市販されており、食欲のコントロールやうつ病、不安、不眠、および月経前症候群(PMS)の症状などのセロトニンに関連した病気に広く使われておりました。残念なことに、1989年、日本の会社が製造したトリプトファンの汚染により、36名以上の人が死亡するという事態が起きました。合衆国政府はすべてのトリプトファン製剤の販売を禁止するという処置を取り、この禁止は現在もそのまま続いております。

食物に対する異常な欲求をうまく抑えるには、5-ハイドロキシトリプトファンのようなトリプトファン製剤を飲むと効果的な場合があります。これは2〜3年前から栄養剤として販売されるようになった関連アミノ酸です。その危険性や効果については医師と話し合ってください。また、クッキーやアイスクリーム、ドーナッツ、ケーキ、およびペイストリーのようなカロリーの高い精製炭水化物を避けるようにしなければなりません。飽和脂肪も避けてください。その代わりに、パスタや野菜、新鮮な果物、砂糖無添加のクラッカー、全粒粉でできたパン、そして低脂肪の甘味をつけないマフィンのような健康に良い、セロトニン増強効果のある複合炭水化物をたくさん含んだ食餌を摂るようにしてください。

Slim FastやJenny CraigあるいはNutri/Systemが勧めているような低カロリーダイエット法(1日あたり800〜1,200カロリー)、あるいはOptifastやMedifastが勧めるような超低カロリーダイエット法(1日あたり800カロリー未満)に慌てて飛びつかないようにしてください。私の患者が早く体重の問題を解決しようと低カロリーダイエット法だけに頼る場合は、そのようなダイエット法を確実に続けることはまず困難であるため、体重が戻ってしまうことが多いのです。それよりもむしろ、“赤字均衡ダイエット法”に従うようにしてください。これは1日に何カロリー消費するかということを計算に入れたダイエット法です。この赤字均衡ダイエット法では、現在の体重を維持するのに必要なカロリーより約20%少なくなっています。【現在の体重を維持する総カロリーのおおよその目安は、身体活動レベルが中等度として、体重(ポンド)に15をかけることで得られます。〈注釈:1kg=2.2ポンド〉】赤字均衡ダイエット法に従うには、食べ物の量を減らしたり、カロリー計算をすることでなく、ただ食べる食物のタイプを変えるだけでよいのです(精製した砂糖を多く含む食物と動物性脂肪を避ける)(詳しいことについては《第18章》をご覧ください)。間違いなく、体重の減りかたは遅いのですが、同時に生活習慣と運動をちゃんとすれば、確実に目標を達成できる方法です。国立保健福祉課が出したアメリカ人のための食餌ガイドライン(17)を、どのような食べ物を避けるべきかという手引きとして使ってください。

甲状腺ホルモンバランスの乱れに関係した体重の問題は架空の話ではありません。体重の問題を気にしている人の大多数は甲状腺の病気に罹っていませんが、一部の人にはそれが主要な役割を果たしているか、あるいは単に一因となるファクターのどちらであれ、実際に甲状腺ホルモンバランスの乱れがあるのです。体重の問題で苦しんでいる人は自分にこう尋ねてみるべきです。「これは脳のせいなのか、それとも甲状腺のせいなのか」と。医師の助けを借りて答えを整理することで、体重を減らし、もっと具合が良くなる方法を定める手引きとなるでしょう。

覚えておくべき重要なポイント

  • 甲状腺ホルモンバランスの乱れが代謝に変化をもたらし、食餌や生活習慣のファクターを変え、うつ病や自尊心低下を起こしやすくするために体重増加や減少が起こることがあります。
  • 甲状腺ホルモンは脳内と体内で、ベータエンドルフィンやノルアドレナリン、レプチン、およびセロトニンを含む摂食行動に重要な役割を果たしているのと同じ生化学物質のいくつかと相互に作用し合っています。
  • 疲れや筋力低下、息切れ、うつ病のような甲状腺機能低下症の身体的影響の一部が、定期的な運動計画を挫折させ、それが急速かつ著しい体重増加の一因となる場合があります。
  • 中には活発すぎる甲状腺による一次的な体重減少を歓迎する人もおりますが、甲状腺機能亢進症を長いこと治療しないでおくと、結果的にひどい骨喪失や骨粗鬆症、およびその他心臓病も含めて、多くの深刻な疾患を生じるおそれがあります。
  • 甲状腺ホルモンバランスの乱れが治った後、健康的な食餌をし、たくさん運動して、また適切な体重維持を行うために医師や家族の協力が得られるようにしておくことが大切です。

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