第4章:甲状腺機能亢進症

常識から考えて、甲状腺ホルモンが少なすぎる場合に臨床的うつ病の状態に陥ったり、以前のように働く能力が奪われようなことが起きるのであれば、甲状腺ホルモンが多すぎる場合は幸せで、元気一杯になり、意気揚々と感じるのではないかと思うでしょう。でも、これは部分的に正しいだけです。脳が多すぎる甲状腺ホルモンであふれかえった際に、高揚感が長く続く人も中にはおります。思考が頭の中を駆け巡り、今日1日びっしりとやることが詰まっています。

数年前、私の隣人であるナンシーには、あまりにもなれなれしいという評判が立ちました。彼女は休みなく他の人の雑用を手伝っており、私共が住んでいるマンションのほぼ全員を知っておりました。誰とでも話しを始め、次々と新しいアイデアや計画を思い付いておりました。私を含め、誰もそんなことはなかったのですが、ナンシーをこの信じがたいエネルギーと熱意で元気いっぱいにさせていたものは、活動し過ぎの甲状腺だったのです。

ある日、退職した女性と話していた時、ナンシーがいつも暑く感じてほとんどエアコンをつけっぱなしの状態なので電気代がものすごいのだと言いました。私がナンシーと近しくなった際に、彼女の手が震えており、目が大きく見開いたようになっているのに気がつきました。甲状腺機能亢進症の症状です。

ナンシーの軽い躁的(または軽躁病的)行動は彼女のもともとの性質ではないということがわかりました。実際のところ、ナンシーは勉強するため、またボーイフレンドと一緒に暮らすためダラスからヒューストンに引っ越すことになる前は、どちらかというと引込み思案な人間だったのです。ナンシーにはいろいろな身体症状も出ておりました。前よりたくさん食べるのにやせてきて、月経も少なくなりました。顔ににきびもできましたし、排便の回数もだんだん頻繁になってきました。また、髪が抜けて、心拍も速くなっておりました。でも、彼女にとってそんな症状は大した事ではなかったのです。彼女の脳と体は異常な程のエネルギーと高揚感によって生き生きしていたのです。ナンシーは何か悪いところがあるなんて考えもしませんでした。ただ、ヒューストンでボーイフレンドと暮らすようになって幸せになったのだと思っていたのです。

甲状腺機能亢進症の患者には、医学的、精神科的治療を必要とする人には見られないエネルギーや楽天主義、自信が見られることがあります(1)。このような性格の特徴が突然、予期せぬ形で現れたとしても、プラスだと考えられるのが普通です。そのような人はやせてきて、人生に対し積極的な態度を示し、非常に活発で、また自分の力をはるかに超えた努力をします。ですから、軽度の躁状態にある甲状腺機能亢進症患者が診断されないまま何年も過ぎるということは驚くにはあたりません。そのような人は身体症状がひどくなり、困ったことにならない限り、医療の助けを求めないこともあるのです。

フレッドは31歳の建設作業員ですが、活発すぎる甲状腺のため、4年間軽い躁状態にありました。彼は職場でスーパーマンと見られておりました。
彼が言うには

ある時、竜巻が3つも続けてやってきて、その地域の9,000戸の屋根を直さなければならなくなりました。私は毎日自分でトラックを運転して、300平方フィート分(2,790平方メートル分)のこけら板を屋根に上げておりました。1平方フィート分のこけら板の重さは220ポンド(100キロ)ですから、1日あたり6,000ポンド(2,700キロ)以上を屋根に上げていたことになります。私と一緒に外回りをする人が数人雇われたんですが、1日で辞めてしまいました。それから、屋根葺を終えた後、別のアルバイトに行っていました。その後、農場を買った時、私は10エーカー分のフェンスを大体3日で仕上げてしまいました。そのことについてどうこう考えたことなんてなかったです。

フレッドが経験した恐ろしいほどの肉体的エネルギーは、精神力の急激な高まりのほんの一部しか反映しておりません。それは肉体に打ち勝つ精神力による行動のほぼ純粋なケースであります。脳は、ちょうど覚醒剤を飲んだ人に起こるのと同じで、ペースが上がります。この並外れた力の感覚が脳を刺激するため、甲状腺機能亢進症の人は大変な不安やフラストレーションを経験することがあります。これは主にしようと思ったことが全部できないことによるものです。

あなたに質問をするとして、あなたが質問に答える前にあなたが何を言うか、また次に何を言うかわかってしまうんです。一度に驚く程たくさんのことができたんです。テレビを見て、人の話を聞き、食べて、それ以外に6つも7つも他のことができたんですが、どれも皆それ一つだけしかしていないようにちゃんと理解できました。

軽度の躁状態であったため、フレッドは自分の身体症状を大した事はないと無視しました。お通じがさらに頻繁になっていましたが、医師は過敏性大腸症候群だと言いました。彼の手はほとんど休みなく震えておりました。そして、いつも暑く感じていました。しかし、彼はそれに慣れてしまったのです。フレッドはバセドウ病でした。それは免疫障害により引き起こされる一般的なタイプの甲状腺機能亢進症です。彼は症状が約4年ほど続いた後、やっと医療の助けを求めることにしました。でも、活発すぎる甲状腺によって引き起こされる筋肉の脱力や心不全による息切れが出始めてから、ようやくそうすることにしたのです。

甲状腺機能亢進症の徴候

甲状腺機能亢進症の身体症状には、心悸亢進や高血圧のような循環器への影響も含まれます。体重減少や食欲増進、発汗、脱毛、および暑さに耐えられないことは、甲状腺ホルモン過剰による一般的な症状で、ホルモン過剰が代謝に及ぼす影響に関連したものです。女性では、月経が軽くなり、1日か2日しか続かなかったり、あるいはなくなってしまうこともあります。甲状腺ホルモン過剰の影響は体の様々な器官にはっきり現れます。このような影響をすべて挙げれば、何十という症状が含まれることになりますが、下に挙げたのはいちばん多く見られるものです。

全身的

  • 体重減少(希に、体重増加)
  • 疲労
  • 震え
  • 暑く感じ、暖かかったり、暑い気温に耐えられない。
  • 落ち着きがない。
  • 喉の渇きが増す。
  • 脱毛
  • 目がひりひりする。

皮膚

  • 汗をかく量が増える。
  • 温かく、湿った手
  • かゆみ
  • 蕁麻疹
  • 爪がもろくなる。

心臓

  • 心拍が速くなる。心悸亢進
  • 息切れ
  • 胸痛

消化器系

  • 舌の震え
  • 空腹感が増し、食べる量が増える。
  • お通じの回数が増える。

筋肉

  • 脱力
  • 筋量減少

生殖器系

  • 月経不順
  • 月経が止まる。
  • 妊娠し難くなる。

活発すぎる甲状腺の合併症の中でもいちばん恐ろしいものは、心臓への影響です。活発すぎる甲状腺は不整脈を起こすことがあり、時には心筋の損傷さえも起こすことがあります(2)。そのような損傷のため、一部の患者では心不全になることがあり、それは甲状腺の活動し過ぎの診断がつき、治療を受けた後で、よくなることもあるし、そうでない場合もあります。バセドウ病患者の一部に、僧帽弁逸脱症候群が見付かることがあります。これはわずかな変形が起きて、医師が聴診器で聞くことができる特徴のある心雑音を生じます。僧帽弁逸脱症候群のある人のほとんどは症状がありませんが、一部の人では胸痛や頻脈、あるいは不整脈が起きることがあります。

甲状腺ホルモンの過剰により、骨のミネラル成分の一部が失われます。長いこと甲状腺が活動し過ぎであった女性は、男性以上に骨粗鬆症(骨がスカスカになること)にまで発展することがあり、そのために骨折しやすくなります。女性の方がそうなりやすいのは、男性に比べ、もともと骨喪失や骨粗鬆症に女性が罹りやすいという事実があるためです。しかし、活動し過ぎの甲状腺を治すと、その後2年以内に骨内にある程度のミネラルの蓄積が起こることが研究で示されています(3)。そうだとしても、活動し過ぎの甲状腺を治した後にも、相当の骨密度の喪失があるかもしれません。甲状腺ホルモン過剰のために骨密度が失われたかどうかを確かめるため、活動し過ぎの甲状腺が治ってから1〜2年後に医師に骨密度検査を行ってもらう方がよいでしょう。将来さらに骨喪失が進むリスクが高いかどうかを知るためのもう一つの検査は、尿中のデオキシピリジノリン〈注釈:これは日本でも保険に適応されていますので、検査可能です〉です。これは過剰な骨吸収(溶解)のマーカーです。骨密度の減少や骨折のリスクが高いことを示す検査結果がでれば、治療が必要です。この治療にはエストロゲン〈注釈:女性ホルモン〉やカルシウム剤、そして時にアレンドロネート(商品名:フォサマックス)〈注釈:日本での商品名はオンクラスト、テイロックですが、骨粗鬆症には適応はありません。同じビホスホネート製剤では、エチドロネート(商品名:ダイドロネル)が使用可能です〉、あるいは経鼻カルシトニン〈注釈:日本では経鼻製剤はなく、注射のみである〉のような薬物治療も含まれます。運動も骨密度の維持に欠かせません。

甲状腺が活動し過ぎである男性のほぼ3分の1に乳房の肥大が起こります。これは医師が女性化乳房と呼んでいるもので、ちょっと困ったり、あるいは非常に深刻な悩みとなる場合があります。これは甲状腺の活動し過ぎの結果、エストロゲンが過剰になるために起こるものです。体重減少や不安、震え、暑さに耐えられない、あるいはその他の活動し過ぎの甲状腺の症状がある男性で、乳房のあたりが大きくなり、圧痛を感じ始めたのであれば、そのことを医師に告げて、甲状腺の検査をしてもらう必要があります。女性では、甲状腺疾患と乳がんとの間に何らかの関係がある可能性があります。研究では、乳がんに罹った女性は自己免疫性甲状腺疾患を含む甲状腺の病気になるリスクがわずかに高くなる可能性が示されております(4)。しかし、それはおそらく乳がんになった人を自己免疫性甲状腺疾患に罹りやすくさせるようながん─遺伝素因であると思われます。ただし、このリスクの増大は絶対的に確立されたものではありません。

甲状腺機能低下症がそうであるように、甲状腺機能亢進症患者が経験する身体症状や感情的症状のひどさは、甲状腺ホルモンレベルの上昇の程度と必ずしも一致しません。バセドウ病患者の症状のひどさを評価スケールシステムを用いて、丁寧に測定した研究では、甲状腺ホルモンレベルが高い患者で症状が軽い場合があるということがわかりました(5)。同じ研究で、うつ病や不安のひどさが甲状腺ホルモンの上昇度と一致しないことも見出されました。

活動し過ぎの甲状腺を治療しないままにしておくと、重症になり、甲状腺クリーゼに陥るようなことも起こります。これは精神荒廃、高熱、極度の興奮状態、そして時には心不全や黄疸も伴うという特徴のある恐ろしい病気です。

甲状腺機能亢進症の精神的影響

過剰な甲状腺ホルモンが精神に及ぼす影響は、単に神経質とか多動性と言い表されることが多いのですが、この言葉はもっと深層にある精神的、行動的不安定性を隠してしまいます。事実、多くの医師の頭には、神経質という言葉から精神的影響よりむしろ身体的影響(絶え間なく動き、うろつきまわらざるを得ない)が浮かんでくるのです。

医師は甲状腺機能亢進症患者に起こりがちな多種多様な精神的影響を重要視しておりません。甲状腺機能亢進症の精神症状が身体症状に先立って現れたり、あるいは身体症状より目立つようなこともあります。実際に、今日では、バセドウ病が発病のきっかけとなる精神病は例外的に生じるものとされておりますが、甲状腺機能亢進症が原因となり、事実上どのようなタイプの精神病であれ突然発症することがあるのです(6)。不安やパニック感がおそらくいちばん早く現れ、甲状腺機能亢進症でいちばん目に付く症状であると思われます。時間が経つにつれ、他の症状の出現と共にこれらの症状の現れ方が変わってきます。甲状腺機能亢進症患者にいちばん多く見られる精神的影響には次のようなものがあります。

  • 不安
  • 夜間不安
  • パニック発作
  • うつ病
  • 現実のものであれ、想像上のものであれ、身体症状を過度に気にする。
  • 感情退避
  • 支離滅裂な思考
  • 罪悪感
  • 異常なほどのおこりっぽさ
  • 極度の感情的動揺
  • 一連の奇妙な行動の出現
  • パラノイア
  • 攻撃性

高揚感から現実遊離まで

ナンシーやフレッドが経験した高揚状態は、自信と衰えることのない幸福感が特徴ですが、それが安定した状態にあることはめったにありません。私は安定した高揚状態に何ヶ月も、時には何年も、うつ病に陥ることなくとどまっている甲状腺機能亢進症患者を何人か診ておりますが、大多数は躁鬱病で見られるような短期間のうつ病を経験します。軽度の高揚状態または軽躁病から、患者は容易に高揚状態の拡大型(すなわち躁病)に変わってしまうことがあります。こうなると、現実から遊離し、異常な行動を示すようになります。

私の数人の患者が、甲状腺機能亢進症の高揚状態は強力な精神改変剤を飲んでいるようなものだと比喩したことがあります。脳は次々に考えが湧いてくるため、鋭く、生き生きしておりますが、思考過程は集中できないために乱れます。最終的にはっきりするまで何かを考え続けることが困難になり始めます。目は生気がなくなり、精神は散漫になります。このため、意味のある会話ができなくなります。甲状腺機能亢進症の人がコカインをやっているのだと思われることもあります。スピーディーな思考も記憶喪失によって損なわれてきます。認知障害が思考速度の速さとあいまって、次々に支離滅裂で、ばかげた話や決断をするようになります。

高揚した気分から躁病の特徴である極度の高揚感へ移行する際に、錯乱や判断力の低下、認知障害、そして異常な行動も一緒に起こってきます。重症のケースでは、幻覚症状も加わってきます。この時点で患者が“異常”だと見られるのです。軽躁病から躁行動への移り変わりは徐々に起こることもありますし、突然変わることもあります。その発症が甲状腺機能亢進症になって間もなく起こることもありますし、あるいはずっと後になって遅れて起こることもあります。

医学文献には、バセドウ病患者の急性錯乱や“精神分裂症様”の精神病、そしてパラノイアのケースがあふれるほど載っております。一部の人では、躁病が衰えずに進行し、そのために犯罪につながるような、あるいは偏執的な考えを持ったり、物事を歪んで考えることが多くなり、時には幻覚や幻聴までも起こります。第2次世界大戦の直前から戦後期にかけて、活動し過ぎの甲状腺のある人の多くが、重症の精神病に罹っているとしか思われないような、まったくわけのわからない異常な行動を示したのです。

いくつかの報告によりますと、活動し過ぎの甲状腺のある患者の20%以内に精神病の症状があります(7)。今日では、甲状腺疾患に対する意識が高まり、甲状腺検査の感度もよくなったので、早いうちに診断できるようになりました。したがって、甲状腺機能亢進症が原因で精神病の段階まで進む患者の数は大幅に減りました。その結果、譫妄状態になった、あるいは想像上の音が聞こえたり、ありもしないものが見えたりする、または奇異な行動を呈する状態にまで達した人を私共はめったにみなくなりました。

それにもかかわらず、活動し過ぎの甲状腺によって引き起こされた軽躁病が、躁病や異常な行動に発展して行く可能性があります。34歳の主婦であるコニーの場合を考えてみましょう。彼女は出産後3ヶ月経った頃、軽い躁病の症状を呈し始めました。最初の8ヶ月間は、すべてうまく行っていると彼女は思っておりました。実際、フレッドがそうであったように、彼女の知的能力は誰も彼女の行動がおかしいとは言えないと思うところまで高まったのです。

「頭の中はいつもいろいろな考えで一杯でした」と彼女は言いました。「文字どおり1日24時間働くことができたんです。眠っている間もですよ。眠っている間に預金通帳の収支計算をすることができましたし、朝、目が覚めてから確かめたら合っていました。あらゆる種類の仕事を進んでかってでました。PTOの事務員、学校のルームマザー(学校で先生の手助けをし、手のかかる子どもの世話をするボランティア)、教会の助手などです」

しかし、数ヶ月間軽躁病のトリップ状態が続いた後、コニーの認知能力が損なわれてきました。ある特定の考えに集中することが困難になりました。彼女の記憶は風前の灯火”でありました。はっきりした見当識障害が始まったことで、彼女は自信に満ちた人間からまとまりのない、不安に満ちた人間に変わりました。友人達はコニーを無能で、不注意な人と見るようになりました。そしておそらく“異常”だとさえ思っていたのかもしれません。
彼女の言葉によれば

数ヶ月経ってから、何もかも前のようにはっきりしなくなりました。もはや頭の中で項目別に物事をきちんと分類したリストを作ることができなくなってきました。だんだんごっちゃになってきました。そして、私はそれをちゃんとしておくことができませんでした。とうとう請求書も見たくないというところまできてしまいました。集中しなければならないようなことは何事もただ避けるだけでした。何だか現実感がなくなってきたように思えました。今にもぱちんとはじけそうな風船のような気分でした。

眠ろうとするとさらに悪くなりました。私の頭の中はいろいろなことで一杯で、そのためになかなか寝付かれませんでした。他に何も番組がなくなるまでテレビを見て、それから寝ようとしましたが、主人が仕事に出る頃まで寝付くことができませんでした。そう、朝の5時ぐらいです。それからやっと寝るのですが、気持ちよく眠れたことはありませんでした。いろいろな考えが湧いてきて圧倒されてしまうのです。私の頭はまるでこれ以上容量のないコンピューターのようでした。頭の中にあまりにもたくさんのことがあって、どれ一つとしてはっきり意味をつかむことができませんでした。

現実にしがみついていたかったため、不安は悪化していきました。何も失いたくありませんでした。ですから、何もかも頭に入れておこうとしたんですが、どうしてもできなかったんです。

子どものことや自分の結婚生活のこと、請求書のことを心配するところまで来ましたが、私の心配は具体的なものではありませんでした。というのは、同時に自分が本当に心配していることに集中できなかったからです。

彼女の症状が進むにつれ、忘れっぽさや見当識障害、そして現実感の喪失などのためにわけのわからない行動をするようになりました。コニーは子どもの世話のようなごく普通のこともできなくなりました。

彼女の軽躁病が始まって1年後、夫が精神科に診せなければと思うようになるほどにまでコニーの状態は悪化したのです。
コニーの言葉では

彼はこう言い続けました。「医者に診せて、どこが悪いのか突き止めなければ、入院しなくてはならなくなるぞ。どこか悪いところがあるんだ。普通じゃないよ」その普通という言葉が何度か浮かんできました。それにずいぶん気持ちをかき乱されたのを覚えています。それから、入院するのも悪くないと考えるようになりました。私が感じていた不安や主人が私のことを抜けており、どうしたらいいかわかっておらず、子どもを迎えに行くのを忘れたことにも気付かないという風に見ていることからくるフラストレーションのため、主人は本当に私の気が狂いはじめたのではないかと思ったのです。

コニーの自尊心は徐々に失われていきました。普通程度の安心感と自尊心があり、どんな仕事も引き受けることができたものが、何事もちゃんとやれないという風に変わってしまいました。驚くべきことですが、彼女がご主人のかかりつけの医師の診察を受けたのは1年半も経ってからでした。その医師が彼女にバセドウ病があると診断したのです。ほとんどのバセドウ病患者でもそうですが、コニーの症状の性質とパターンは変化しました。最初、コニーは数ヶ月間、明らかな軽躁病でした。その間、彼女の精神はクリエーティブで、頭の回転が早く、思考も組織立っておりました。その後、本当の精神病になる寸前の状態になりました。診断がもうちょっと遅かったら、コニーは譫妄や幻覚を伴う本当の錯乱状態にまで達した可能性があります。コニーのご主人は、彼女の活動し過ぎの甲状腺の治療が進むにつれ、自分の妻が正気を取り戻していくのを見て、びっくりしました。ほとんどの患者で、ホルモンバランスの乱れを治した後に、躁的行動や異常行動が改善されますし、時には治ってしまうこともあります(8)

どうしようもない怒り

あなたが見たものや経験したもの対する感情的反応は大脳辺縁系で起こるのですが、ここでは周辺環境の認知やそれに対する感情的反応の仕方を制御するにあたり、甲状腺ホルモンが重要な役割を果たしています。軽躁病やうつ病、あるいは不安のどれを呈していようと、脳に過剰な甲状腺ホルモンが達すると、見たものや経験したものに対する感情的反応が過大なものとなるのが普通です。このような反応は感情退避(うつ状態の要素であることが多い)またはそれとは逆に、感情のコントロールが利かないという形で現れます。短気になり、正常な状態であればまず心を動かされることのないようなことで笑ったり泣いたりすることがあります。ほんの些細なことにいらいらすることが多くなり、それが怒り、時には攻撃や暴力を振るう引き金となることもあります。

このような感情の不安定性のため、感情の抑制がきいている時とそうでない時との間をふらふらしながら、ちょうどがけっぷちでロッキングチェアに座っているような気持ちにさせられてしまいます。甲状腺が活動し過ぎの人のほとんどは、自分の怒りが鬱積していくように感じ、そしてそこにいる人が誰であれ、がみがみどなってしまうのです。それは本当に悲しい場面です。一体どうして自分がこうなったのかわかりません。そして、自分の行動が気に入らないと、自分が悪い人間になってしまったと思うかもしれません。

メリールーは35歳の学校の教師ですが、彼女がバセドウ病であると診断した婦人科医から私の元に紹介されて来ました。メリールーには月経がなくなっており、暑さに耐えられず、脈も速くなっており、早発性更年期のせいと思われる症状がありました。最初にメリールーに会った際に、彼女は短気と不寛容に付き物の症状を述べました。
後で彼女はこう話してくれました。

誰も彼も、そして何もかもが私を苛立たせました。すぐにいらいらするようになっていました。それまでは、人付き合いがうまく、いつもなだめる方だったのですが、しばらくして、「メリールー、落ち着いてよ。あなた、これじゃうまくいかないわよ」と言われるようになりました。いらいらするようなことにすぐ反応するようになりました。最初はうんと我慢強くしようとしているんですが、人が長々と話し続けると、その話を遮ってさっさと要点を言ってくれと言ってしまうこともありました。

子ども達に対してもすぐかんしゃくを起こすようになりました。これはおかしなことです。私は非常に我慢強い人間だとして有名だったのです。私は日曜学校で教えていましたが、もうできなくなりました。課題を読んだり、教えたりするだけの忍耐力さえもなくなったのです。私の同僚の教師が私には助けが必要だと言いました。彼女は日曜学校でずいぶん長いこと教えてきたのだから、休みをとる必要があると言いました。それが彼女の言い方でした。

私は長男が最悪だと思っていました。ティーンエージャーであったため、何一つ私が満足するようにできませんでした。私が「ごみを出して」と言っても、さっさと出さないんです。「服を片づけなさい」と言っても、素早くたたまないんです。起こっていることには何もかも早くという言葉が付きまとっていました。何だか私の精神はもはや感情のコントロールをしていないようでした。私の感情が完全に精神を牛耳っていました。

私の患者の何人かが、甲状腺機能亢進症に関連して感情の抑制ができなくなることと行動が変化することを“バセドウ病の狂気”と言い表したことがあります。これは、自分達の行為や行動が気の狂った人に特有のものだと思われたからです。喧嘩腰で横柄になったり、あるいは怒りやかんしゃくの合間に漠然とした不安を時々感じるようになり、そのためわけのわからない行動や不適切な決断をするようになることがあります。

不安の波

活動し過ぎの甲状腺の精神的影響でいちばん多いのは、疑いなく不安です。しかし、甲状腺機能亢進症による不安が純粋な不安障害の形をとることはめったにありません。心配がひどくなり、安心できないとか自信のなさ、また気が変わり易いという気持ちが全体的に気分の浮き沈みや怒り、物事に集中できないこと、そしてあいまいな記憶などによって悪化し、拡大されたタイプのものです。これらの精神的影響が互いに悪化させ合うことも多く、その結果非常に乱れた精神状態になります。内部からわき上がって来る不安と共に、パニック発作もよく現れるもう一つの不安の形です。

血液中の甲状腺ホルモンが急激に上がり、脳細胞が甲状腺ホルモンであふれかえると、異常な感覚が生じることがよくあります。あたかも息ができなくなっていくように感じたり、あるいは自分の魂が今にも離れて行きそうに感じます。心臓が早鐘のように打ち始めます。手のひらが汗で湿り、それから全身にどっと汗をかくこともあります。次に自分の体をコントロールできなくなります。まだ気を失ってはいませんが、今にも気を失いそうに感じます。めまいがするかもしれません。自分の回りの世界が奇妙に見え、ほとんど識別できなくなります。

また、おびえも感じます。この感覚は絶望の極に至った時に実際に始まります。絶望感が高まり、徐々に引いて行った後、すっかり消耗したように感じます。ただ疲れているというのではなく、文字どおり疲れ果ててしまいます。それから、体や精神、そして自分自身に起こったことに理由をつけ、理解しようとするのです。初めてこのような感覚に襲われた時、おそらくパニック発作と思うでしょう。受話器を取り、友達や配偶者、あるいは親族に電話して、この気持ちをわかって欲しいと思います。でも、今は不安発作が引いてしまったので、ものすごく疲れており、ただ休んで、何が起きたか知りたいだけです。

数日後、前の時とまったく同じように予期せぬ形で、また不安の波があなたを襲います。あなたは慌てふためき、それと闘おうとします。その間に症状がどんどん悪化していきます。一体何が悪いのか死にもの狂いで理解しようとしますが、結局はただ疲労しか感じなくなるまで、自分の生活は収拾がつかない状態で、もはや自分が自分でないと感じるだけなのです。これはほんの2時間ほどしか続きません。そして、またいつもの生活に戻るのです。

このような感覚を決まり悪く感じたり、あるいはいちばん近しい人に相談することさえ恐れることが非常に多いのです。パニック発作を起こしたことで、絶え間なく恐れを感じるようになります。このような症状はまったく予期せぬ時に現れては消えるので、次は仕事の取り引きを終えようとしている時やディナーパーティーの最中に起きるのではなかろうかと心配になります。これらの発作の合間に、慢性的かつ継続的な不安に襲われる場合もあります。ほんの些細なこと─前は全然気にならなかったようなことでも心配するようになります。職場で仕事に集中しなくてはならないのに、脳が自動操縦を続けます。そのためにしている仕事から気が外れてしまいます。そして、だんだん心配や不安が頭の中を占めるようになり、そのために集中力が散漫になり、一体何をするはずだったのか思い出せなくなります。このことで、いらいらして腹立たしくなります。どうして自分がこんな風になるのかわかりません。不安が蓄積するにつれ、あなた自身や親しい友人、あるいは配偶者があなたが別人になりつつあることに気付きます。

あなたの気分には浮き沈みがあり、安定しなくなります。朝、あなたは幸せで外向的であり、また計画を立てて、その新しい計画にわくわくしているかもしれません。2時間後、あなたは怒り、いらいらして、悲しくさえなってきます。あなたが仕事中の場合もあるでしょうが、この悲哀の波があなたのエネルギーやちゃんと働いて生産性を上げようという気持ちを枯渇させてしまいます。一人でいたくなります。自分の怒りを抑えるのが困難になり、誰かにひどく意地悪な応対をしてしまいます。不安の波やいつも心配し続けること、そして気分の浮き沈みが積み重なり、互いの悪影響を強め合い、それからあなたの性格が少しずつ変わっていきます。

私はバセドウ病の診断を受けて2年後、セカンドオピニオンを求めて来たリンダを診はじめました。彼女はひどい絶望状態に陥っており、再び正常な生活を送る望みを失っておりました。約2年前に診断がついておりましたが、その時彼女は秘書として安定した職についていました。しかし、会社の人員削減のため、彼女の仕事量は倍になりました。彼女はいつも仕事が遅れており、割り当てられた仕事を全部すませることができないと感じておりました。彼女のストレスは鬱積し、職を失った場合の経済的影響を心配しはじめました。

「私には神経質になり、いらいらして、怒りっぽくなるという症状が出てきました」とリンダは言いました。「私はやせてきましたが、そのことには特に注意を払うことはありませんでした。何ヶ月か経つうちに症状が進んできて、さらにひどくなりました。私は、自分がこんな風に感じるのは、私の生活の中にある物事、特に職場の状況に対し、神経質になったり、ストレスを感じたり、感情的な反応をしているせいだろうと思っていました」

最初の3〜4ヶ月で、目立った症状は治まり、不安が残りました。

それは身体障害不安でした。まるで息ができないように感じ、それからボーっとして、何が何だかわからなくなりました。私には世界が実在のもののように見えませんでした。途方に暮れたような感覚でした。心悸亢進があり、息切れもありました。人前にいるのがとても決まり悪く、そのためどこかこの感覚を止められる場所に行こうと思いました。この不安はいつ起こるかわからないので、すぐに八百屋や郵便局、会社、そしてどこでだって起こるんじゃないかと恐れるようになりました。自分で自分をどうすることもできませんでした。いつそれが起こるかわからなかったのです。それと論理的に結び付けられるような関連性も方法もなかったのです。波は1日3〜4回やってきました。そして最高潮なのは10分か15分しか続かなくて、1時間ほどで次第に治まりました。その後、私はすっかり消耗して、疲れきっていました。それは現実の反応ではないということも、恐れることはないということもわかっていました。でも、頭と体を相関させるのはとても難しいのです。

リンダは人込みや狭い場所を怖がるようになりました(街路恐怖症)。でも、前にはそのような状況で怖がることなどなかったのです。街路恐怖症のある人は、見知らぬ場所が安全ではないと感じ、パニック発作を引き起こすため、なかなか家から出られなくなります。4〜5ヶ月後にリンダは繰り返し起こるパニック発作に加え、別の症状も出始めました。

まるで、体の中に燃え盛る溶鉱炉があるような感じでした。ちょうどよい温度に合わせることができませんでした。外部の気温がどれほど低くても、私は内側からじりじりと熱せられていたのです。暑さに耐えられず、フリーザーのドアを開けてその中に頭を突っ込むというような日が何日もありました。

様々な症状が出てきましたが、そのことを頭から追い出したり、無視しようとしておりました。1日に何度も食べていましたが、食べおわるとすぐに何度もトイレに行きました。それから吐き気とめまいが始まりました。髪の毛がほとんど抜け落ちてしまいました。寝汗もひどいものでした。私の目も飛び出してきました。最初、ちょっと大きくなっただけのようでした。私の周囲の人はそのことに気が付きませんでした。目が乾いて、ざらざらした感じがありました。誰もどうしてかわかりませんでした。眼科へ行きましたが、その医師は真剣に診ようともせず、アレルギーのせいだろうと言ったのです。

同じ頃に震えが始まりました。体中が震えているように感じましたが、特に手がひどかったのです。歯磨き粉を歯ブラシにつけるのさえ難しいほどでした。腕が震えないようにしなければなりませんでした。物を落としてしまうし、自分の爪も磨けませんでした。自分が書いたものが読めませんでした。器用さを必要とするものは何であれ、まったくできなくなりました。非常に息切れがして、ちょっと階段を上っただけでもくたくたになりました。腕や足の筋肉に力が入らなくなり、しゃがんだ姿勢から立ち上がることができませんでした。足がとても弱って、階段を上ることさえままならなくなりました。

やっと何か起こっているに違いないと思った時、私は筋ジストロフィーではないかと恐れていました。筋肉の脱力のために私は医師の診察を受けに行ったのです。

甲状腺機能亢進症の筋肉への影響でひどい脱力がおこることがあり、そのため患者が歩くのにも困難を覚えることがあります。そして、そのことで医師が神経学的疾患を疑うことも多いのです。甲状腺機能亢進症による筋肉の脱力がある患者は、甲状腺機能亢進症の診断が付き、治療を受けるまで車椅子に縛られておりました。リンダは筋肉の脱力に大変悩まされていたため、慌てて医師の診察を受けたのですが、その医師は神経科医に紹介しました。広範囲の神経学的検査がなされましたが、結果は正常でした。そして彼女のバセドウ病は診断されないままでした。

リンダの不安感、これは筋肉の脱力が非常に目立つようになった時にひどくなりましたが、それに加え、気分が変わりやすくなりました。時には心がはずんでいましたが、別の時にはうつ病の症状を呈していました。

やっと、偶然の出会いがリンダに、彼女が死ぬほど必要としていた手がかりを与えることとなったのです。

症状が丸1年続いた後、私はパーティーに出かけました。まったく見知らぬ人が私の生気のない目と神経質さに気付きました。彼女は私が甲状腺の病気ではないかとききました。それが突破口でした。彼女は自分がバセドウ病に罹っており、自分と同じ事が私に起きているようだと言ったのです。私はショックを受け、そしてほっとしました。私はブッシュ大統領とその夫人が最近その病気だという診断を受けたので、いくらか知識があったのです。2日後、内分泌病専門医の診察を受け、そこで診断が確かめられて、治療が開始されました。

うつ病

うつ病は主に甲状腺機能低下症に関連しているため、甲状腺機能亢進症でうつ病が起きるのは矛盾しているように思えるかもしれません。しかし、甲状腺機能亢進症が精神科に入院しなくてはならないような臨床的うつ病を起こすことは希です(9)。一部の人では、抗鬱剤が状況を悪化させ、抗甲状腺剤を使って甲状腺機能を正常にするだけでうつ病が消える場合があります。そのような人はうつ病に罹りやすい素因があるためにうつ状態になるのか、それともすでに甲状腺機能亢進症により生じたストレスに打ちのめされたためにそうなるのかまだはっきりわかっておりません(10)。ある医師が甲状腺機能亢進症期と甲状腺機能低下症期の両方でうつ病を起こした患者の記載をしていますが(11)、このことからこの医師はその人の根底にある気質がその結果を決めるのに重要であるという結論に達しました。

しかし、一般的に言って、活動し過ぎの甲状腺によって引き起こされるうつ病は長続きしません。むしろ、患者は頻繁に繰り返して起こるうつ病期を経験するのが普通です。

しかしながら、私は甲状腺機能亢進症の時に明確な、持続性のうつ病を呈した患者を数人診たことがあります。

アリシアもその一人でした。彼女は出産後6ヶ月して甲状腺機能亢進症に罹りました。彼女の夫は学生だったので、アリシアは家族を養うため時間外まで働かねばなりませんでした。彼女と医師は最初、彼女のうつ病と不安は働き過ぎのせいだと思っていました。
彼女が言うには

最初、顔の左上までしびれるほどのひどい頭痛がありました。医師は偏頭痛だと言いました。私は引きこもりがちになりました。疲れて、何事にも興味がなくなり、自殺を考えはじめました。私は頑張り過ぎだと思いました。6時から10時まで寝て、それから1時間ほど起きて夕食を食べ、それからまた翌朝まで寝ていたのですが、それでもまだ疲れきっていました。

非常な罪悪感を感じ、いつもやることにも興味が失せてしまいました。私は問題に対処できませんでした。主人や子どもに問題があると、私は過剰に反応してしまうようになりました。わっと泣き出すこともありました。とてもいらいらして、子どもに厳しくあたるようになりました。職場では、物事をちゃんとできなかったら、仕事が終わらなかったらと非常に不安でした。

アリシアの症状の多くは、うつ病の基準を満たしています。うつ病は軽いものであるはずですが、アリシアのケースのように、甲状腺機能亢進症の人は時に大うつ病に移ってしまうことがあります。事実、広汎な不安障害を伴う大うつ病は一般集団に比べ、甲状腺機能亢進症患者にずっと多いのです。

身体的、精神的疲労

医師や患者は疲れを甲状腺機能低下症と、また活動亢進状態を甲状腺機能亢進症と結び付けて考えることが多いのですが、甲状腺ホルモン過剰になっている患者の相当数で、疲れと極度疲労が初期症状であり、またいちばん目立つ症状でもあります。甲状腺機能低下症でもそうですが、甲状腺機能亢進症の疲れには身体的なものと精神的なものの両方があります。

患者の中には疲労が極端になることがあります。甲状腺機能亢進症に罹っていたある中年女性はこう言いました。「一日中自分の重い体を引きずっているような感じですよ。スーパーのレジで並んで立っていた時のことを覚えていますが、友達が私の後ろに来て、私の注意を引くためにちょっとつついたんです。私は疲れきっていて、それに返事もしなかったのです。私は振り返ってただ彼女を見ただけでした」

スザンヌは24歳で、衣料店で売り子をしていましたが、いつも元気で一生懸命仕事に励んでいたのに、結婚式の日の3ヶ月前に疲れを訴えるようになりました。彼女は自分の症状を結婚式の準備からくるストレスだけでなく、頑張り過ぎたせいだと思っていました。ところが、本当は彼女の症状は甲状腺機能亢進症によるものだったのです。彼女は結婚後1年して、バセドウ病と診断されました。

ここに彼女が自分の症状の始まりについてどのように述べているかを挙げました。

本当に疲れていました。夜10時間も寝たのにそれでもまだ職場で疲れを感じていました。休みの日は、ソファーに横になっていました。それでも職場では四六時中歩き回っていたので、運動不足にはなりませんでした。それがいちばんの悩みの種でした。気持ちよい疲れではなく、ただいつもいらいらさせられるばかりでした。1日うんと働いた後のようではありませんでした。朝、気分よく起きるのですが、3時間後、再び疲れているのです。私の心臓はだんだん早く打つようになってきました。それは恐ろしいことでした。私がエアコンを強くすると、フィアンセが凍えてしまいます。私はとても暑くて、汗をかいていました。私はシーツだけかぶって寝ていました。のぼせたり、ぞくぞくしたりしました。ありとあらゆることをやってみましたが、どれも効果はありませんでした。

頭痛がすると、物事をはっきり考えることもできなくなりました。はっきり話すことさえもできなくなりました。私の視覚が変化したように思えました。私はただ年を取って、熱意もエネルギーもあまりないような具合に思えました。ウォーキングプログラムを始めたのですが、エネルギーを増すのにはあまり効果がありませんでした。そのためにかえって疲れてしまい、それがなぜなのかわかりませんでした。心悸亢進が起きたのはその時です。私が無理をしたためです。

人に会わなくなりました。口を開いて話すのも嫌になるくらい疲れていたんです。

上に述べたケースがはっきり示すように、大多数の患者が不安や知的活動の低下を示すのですが、一人一人異なったパターンの精神的影響が出ることがあります。これらの精神的苦痛の差は、甲状腺機能亢進症の程度が様々であることだけでなく、一人一人の気質が違うためでもあります。甲状腺ホルモンレベルが非常に高い人の中に、精神的影響がほとんどないか、全くない人がいる反面、境界型あるいは軽度の甲状腺機能亢進症の人の中に相当ひどい不安や疲れ、うつ病、および気分の浮き沈みに悩む人もおります。

軽度の甲状腺機能亢進症

最近、軽度の甲状腺機能亢進症の多岐にわたる身体的、精神的影響について、医師の意識が高まってまいりました。この病気はまだ甲状腺ホルモンレベルが異常に高くなるほどの甲状腺ホルモン過剰はありませんが、TSHレベルの低下を起こしているものと定義されております。軽度の甲状腺機能亢進症はバセドウ病、または過剰な甲状腺ホルモンを作り出す甲状腺のしこりによるものが多く、また甲状腺ホルモン剤の飲み過ぎによっても起こることがあります。

軽度の甲状腺機能亢進症はうつ病や心悸亢進、体重減少、暑さに耐えられない、食欲亢進、発汗量の増加、そして手指の震えなどを起こすことがあります。いらいらしたり、不安になるようなことが多くなります(12)。ほんのちょっとした甲状腺ホルモン過剰が長い間に骨喪失を起こすこともあり、これは特に閉経後の女性に多く見られます(13)。わずかな甲状腺ホルモンの過剰が閉経前の女性の骨に悪影響を与えることもありますが、このマイナスの影響はエストロゲンにより打ち消されます。軽度の甲状腺機能亢進症が高齢者では心拍異常を引き起こすことがあります。さらに、正常な心機能に影響(14)し、循環器の健康状態を低下させることがあります。

職場での甲状腺機能亢進症の人

活動し過ぎの甲状腺により、仕事がうまくやれなくなることが非常に多いのです。極端なケースでは、患者が精神的にも感情的にも廃疾状態になってしまうことさえあります。要求に応えることができないため、仕事を止めたり、首になることも多く、また他の仕事を求める際も、外観上の問題や認知障害、あるいは面接中に自分をうまく抑制できない(例えば、奇妙な行動や短気であるところを見せてしまう)ため、なかなかうまくいきません。では、甲状腺機能亢進症の精神的影響がどのようにその人の仕事に影響するかを見てみましょう。

29歳のエイミーは製紙会社に5年間勤めておりました。彼女の仕事の成績は非常に素晴らしいものでしたが、甲状腺機能亢進症になると、彼女はいらいらするようになり、他の従業員との良好な仕事上の関係を維持できなくなりました。「職場では何もかもが腹立たしかったんです。私は販売部で働いていたんですが、小売販売所での仕事を正確に処理しなかったことから、その話の一部が会社のオーナーの耳に入り、彼が戻って来て皆がいる前で私を怒鳴りつけたのです。私はそれを受け入れることができませんでした。私はそのことを頭から消すことができませんでした。私は人前で屈辱を受けても割に合うほどの給料はもらっていませんでした。それは大変なストレスでした。ですから辞めることにしたのです」

もう一人の患者であるサブリナは、デパートの課長補佐でしたが、仕事の要求について行けなくなったために、解雇されました。
サブリナの話では

社長はずっと私にこう尋ね続けました。「何で仕事をしないんだい」私は自分がどれ程具合が悪いかわかってもらおうとしました。でも、結局辞めてくれと言われたんです。数ヶ月仕事を捜しましたが無駄でした。

私は震えており、狂ったような目をしていました。私は16ポンド(7キロ)やせてしまいました。おそらくすこしやつれて見えたと思います。人はたぶん私がそわそわして、神経質たっだため、麻薬常習者かアルコール中毒だと思ったのではないでしょうか。誰も私を雇ってくれず、あるいは電話がかかってこない時に受けた傷に加え、侮辱されたように感じました。私は自分の神経質な行動や振る舞いに敏感になっていました。私は自分がとても早く話しているのに気付いていました。私は自分がどれ程早く話しているかにうんと注意を払い、気をつけていなければなりませんでした。でも、そうしたってどれくらい自分が早く話しているかわからなかったんです。皆、私の言うことを理解することさえできなかったんです。

診断を受ける数ヶ月前、私は母の家に引っ越さねばなりませんでした。家賃が払えなかったからです。出かけて仕事を捜しにいくことさえ難しくなってきました。仕事を捜す必要性よりも疲労の方が勝っていたのです。非常な罪悪感がありました。私ほどの経歴と経験があれば、雇われるはずだと思っていました。誰も雇ってくれないという事実があらゆることの苦悩を深めていきました。私が診断を受けた時でさえ、私はこれでやっとこのひどい悪循環から逃れる糸口が見えたと思ったのです。しかし、甲状腺の状態がよくなり、自分に合った仕事が見付かるまで、かなり時間がかかりました。

アンケート:甲状腺機能亢進症の身体症状

甲状腺機能亢進症に罹っている可能性があるかどうかを簡単に確かめる方法は、次に挙げた身体症状のアンケートにすべて答えることです。

爪がもろくなるか、爪床からはがれてしまうようになりましたか? はい・いいえ
皮膚が異常に温かくなってきましたか? はい・いいえ
いつもより汗をたくさんかくようになりましたか? はい・いいえ
髪が抜けるようなことがありましたか? はい・いいえ
暑さに我慢できなくなりましたか? はい・いいえ
月経の量が少なくなりましたか? はい・いいえ
異常にお腹がすくようになりましたか? はい・いいえ
下痢があったり、お通じの回数が増えましたか? はい・いいえ
指がいつも震えていますか? はい・いいえ
食餌内容や運動の習慣は変わらないのに5ポンド(2キロ)以上やせましたか? はい・いいえ
運動して息切れがしますか?あるいは前ほど運動できなくなりましたか? はい・いいえ
全身の筋肉に脱力が起きたことがありますか? はい・いいえ
手のひらが汗ばんでいますか? はい・いいえ
「はい」と「いいえ」の数 はいいいえ

上記の質問に4つ以上「はい」という答えがあれば、甲状腺機能亢進症の可能性があります。また、「はい」が6つ以上あればおそらく甲状腺機能亢進症であると思われます。

甲状腺機能亢進症を起こす他の病気

日常的に診断される活動し過ぎの甲状腺の70%をバセドウ病が占めておりますが、あなたの活動し過ぎの甲状腺がバセドウ病と間違われやすい、別の甲状腺疾患に起因するものではないということを確かめる必要があります。例えば、中には甲状腺内に1個またはそれ以上のしこり(結節と呼ばれます)があって、それが自律性を持つようになったために活動し過ぎの甲状腺になる患者さんもおります。これらの機能性結節が甲状腺全体の機能を支配するようになりますが、体が通常必要とする以上の甲状腺ホルモンを作り出すのです。この病気は、高齢者に多く見られますが、孤立性中毒性甲状腺結節、または多結節性中毒性甲状腺腫と呼ばれます。これは甲状腺に結節が1個あるか、または数個の機能亢進した結節が甲状腺の残りの部分に独自に成長を始めたかどうかによるものです。

この病気を確かめるために、医師は核甲状腺スキャンおよび取り込み試験を行います。核医学専門の医師が少量の放射性ヨードをあなたに飲ませますが、それが直ちに甲状腺に取り込まれ、甲状腺の領域をスキャンした際に検知することができます。放射性ヨードを飲んで6時間から24時間後に、放射能測定用プローブを首の上に持ってきて、甲状腺の中の放射能を検知します。この放射性ヨード取り込み試験の数値が高ければ、あなたの甲状腺が働き過ぎであり、過剰な甲状腺ホルモンを作り出していることが医師にわかります。そして、甲状腺の写真を撮る(スキャン)と、結節が見えます。

医師は、活動し過ぎの領域を破壊するために放射性ヨードを投与するか、あるいは中毒性結節を含む甲状腺の部分を手術で取り除くことによって、孤立性中毒性結節や多結節性中毒性甲状腺腫の治療を行うことができます。薬による治療は、バセドウ病患者のためのものであるため、この場合は選択されません。

甲状腺ホルモン過剰は、無痛性甲状腺炎や亜急性甲状腺炎によっても起こります。この2つの病気は一次的に甲状腺細胞を破壊しますが、あらかじめ作られていた甲状腺ホルモンが細胞が破壊される際に大量に血液中に漏れ出します。これらの病気はバセドウ病と混同されやすいものです。
無痛性甲状腺炎は、一過性の甲状腺への免疫攻撃であると信じられているもので、甲状腺機能亢進症を生じます。この場合の甲状腺機能亢進症は軽く、2〜3週間しか続きませんが、一部のケースでは3ヶ月続くこともあります。

炎症と(一次的な)甲状腺の破壊が治まった後、甲状腺が受けた損傷のために体が通常必要とするだけのホルモンを作れないので、2〜3週間甲状腺機能低下症になることがあります。しかし、甲状腺機能低下症が2〜3週間続いた後、甲状腺は自分で傷を治し、正常に機能する甲状腺が再生してきます。あなたが甲状腺ホルモンレベルがまだ高い初期の段階で医師の診察を受けた場合、無痛性甲状腺炎であるのか、あるいはバセドウ病であるのかがはっきりわからないことが時々あります。それでも、放射性ヨード取り込み試験の数値でこの2つの病気の鑑別ができます。通常は、高い計数値であればバセドウ病の特徴である活動し過ぎを示し、取り込みの値が低ければ無痛性甲状腺炎の特徴である一次的な破壊を示します。

甲状腺機能亢進症の原因が亜急性甲状腺炎である時にも、これと同じ事が起こります。これは甲状腺のウィルス感染であり、そのために一次的な甲状腺の破壊が起こり、その後一過性の甲状腺機能低下症が続き、それから回復します。この病気は熱が出ることが多く、片方または両方の耳のあたりまで広がる痛みが出ることがあるので、大抵の場合、診断はもっと簡単につきます。様々なウィルスが亜急性甲状腺炎を引き起こしますが、その中には風邪やおたふく風邪、およびはしかに関係するものが含まれます。甲状腺機能亢進症が亜急性甲状腺炎により起こっていることを確かめるためのいちばん重要な検査は放射性ヨード取り込み試験です。この計測値が亜急性甲状腺炎では低く、バセドウ病では高いのです。

甲状腺の感染が起こる前に、喉のひりひりする痛み、ずきずきする痛みや頭痛、熱、そして咳が出ることがあります。活動期の間、ほとんどの医師は非ステロイド系抗炎症剤とベータブロッカーを処方します。中には炎症がひどくて、痛みが耐えがたいためにコーチゾンが必要な人もいます。時に、甲状腺ホルモンレベルが正常に戻った後も数ヶ月、甲状腺の炎症が残っている場合があります。その場合はコーチゾンを飲むとよいでしょう。亜急性甲状腺炎になった人のほとんどは、いずれ正常な甲状腺機能を取り戻しますが、中には永久的な甲状腺機能低下症になる患者さんもおります。ここでお伝えしたいことは、甲状腺ホルモンレベルが正常に戻り、そのまま正常なレベルを保っているかを確かめるため、6ヶ月後に甲状腺ホルモンレベルを再度チェックしてもらう必要があるということです。[表1]に甲状腺機能亢進症の原因でいちばん多いものの診断の目安となる特徴をまとめております。

高齢者の甲状腺機能亢進症

甲状腺機能亢進症は高齢者にはきわめて多いもので、60歳以上の男性のおおよそ1.5%、また女性の1.9%が罹患しています(15)。高齢者では甲状腺機能亢進症の影響が若い人とは違った形で出ることが多く、身体症状に関しては、甲状腺の肥大や暑さに耐えられない、また食欲亢進などは高齢者ではあまり多くありません。しかし、体重減少や食欲減退だけでなく、心房細動のような心臓病は年齢が進むにつれて頻度が高くなってきます(16)。さらに、便秘(甲状腺機能低下症に特有の症状)やうつ病、脱力を起こすような筋量の減少などが非常に多くなります。甲状腺機能亢進症のために起こる筋肉の脱力のため、高齢者が転んだり、大怪我を負いやすくなることがあります。正しい診断がなされる前は、転ぶのは他の病気のせいだと思われることが非常に多いのです。

高齢者では甲状腺機能亢進症の経過がはっきりせず、他の多くの健康上の問題とそっくりであるため、病院の医師であってもこの病気の診断を誤ることが多いのです。入院した甲状腺機能亢進症の患者で行ったある研究では、その診断が疑われていたのは患者の3分の1に過ぎなかったのです(17)。入院が必要だった人に関しては、衰弱を伴う精神病の診断がいちばん多い入院の理由であり、また心房細動を伴う心不全も入院のかなりの数を占めておりました。

症状が異なるのは身体面だけではありません。高齢者では甲状腺機能亢進症の有害な影響が最初に出るのが精神的変化である場合があります。これは見逃されたり、年のせいだと思われることが非常に多いのです。活発すぎたり、筋力過多であったり、また不安やいらいらが勝ったり、あるいは躁病を呈したりする代りに、高齢者は引きこもりがちになり、うつ病が出ることが多いのです。過剰な甲状腺ホルモンが高齢者の精神に及ぼす影響は非常に重大なことがあり、また痴呆や錯乱、無気力として現れる頻度が高いのです。譫妄さえも出ることがあります。ひどく神経質になるというのは、若い人では普通に見られる症状ですが、高齢者では20%以下にしか見られません(18)

高齢者は医師が言う“無気力性甲状腺機能亢進症”になることがよくあります。これはうつ病や無気力、および知的混迷が特徴です。無気力性甲状腺機能亢進症の患者には疲労や身体および精神活動の低下、無表情な顔が見られます。このような顔付きや性格の変化は普通、加齢のためだと思われるため(19)、病気が長い間診断されないままに過ぎることが非常に多いのです。

心臓や尿路あるいはその他の体内臓器の影像を得るために病院が使う心カテーテル法や静脈性腎盂撮影法のようなX線撮影法で、十分な造影を行うために投与されるヨードが甲状腺機能亢進症の発症の引き金となることがあります〈注釈:ヨード摂取の多い日本では、このようなことはほとんど起こりません〉。心臓や腎臓の病気を調べるために入院した高齢者が帰宅し、2〜3日の内に精神状態の変化や時には譫妄さえも呈すことがあります。家族はこの新たな説明のつかない症状に驚き慌てることがよくあります。

過剰な甲状腺ホルモンの影響が脳に与える影響はどの程度、年齢そしておそらく性格によって異なるのでしょうか。活動し過ぎの甲状腺には多くの顔があります。それが様々な影響として出るのかもしれません。最終的には、不安や行動の変化、気分の浮き沈み、怒り、ストレスにうまく対処できない、認知能力障害、仕事についていけない、そして家族関係の問題などが混じり合った状態になることが多いのです。ある患者がこれらの影響をすべてひっくるめて「モンスターが自分の中にいる」と言いました。幸いなことに、このモンスターを手なずけるための方法はたくさんあり、自分で自由に選ぶことができます。

覚えておくべき重要なポイント

  • 体重減少や神経過敏、震え、発汗量の増加、あるいは心悸亢進がある場合、甲状腺が活動し過ぎになっている可能性があります。しかし、これらは身体症状です。甲状腺機能亢進症になっている間、軽躁病やおしゃべりになり、また最高の気分であるように感じることが少なくありません。
  • うつ病や怒りの波、そして傾眠が活動し過ぎの甲状腺の症状である可能性があります。気分の浮き沈みや現実との遊離も特有の症状です。
  • 抑制がきかないという感じが特徴であるパニック発作の発現や頻脈がある場合、おそらく甲状腺の活動し過ぎがあると思われます。これらの症状を詳しく医師に話してください。
  • バセドウ病が甲状腺機能亢進症のケースの70%を占めておりますが、他の原因もあります。これには甲状腺細胞の一次的破壊による一過性の甲状腺機能亢進症も含まれます。
  • 年を取るにつれ、活動し過ぎの甲状腺の症状が必ずしも若い人の症状と同じだとは限りません。年齢が上がると共に、活動し過ぎの甲状腺のため、うつ病や傾眠、筋肉の脱力、および心臓の症状が出ることが多くなってきます。

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