第7章:女性と甲状腺

甲状腺の病気は、全体的にみて男性より約7倍女性に多く起こる頻度が高いため、甲状腺疾患は“女性の病気”というレッテルが貼られていました。しかし、バセドウ病や橋本病、そして甲状腺がんのようなある特定の病気では、この数字はもっと高くなります。いずれにせよ、この種のレッテルは女性に対しあらゆる種類のマイナスのイメージを与えてきました。多くの医師や甲状腺関係団体、および甲状腺疾患の患者がこの理由から、男性優位の専門家の間で、昔は甲状腺疾患がまじめに受け取られていなかったのだと感じています。

これを裏付ける証拠がいくつかあります。一般の甲状腺関係団体によると、この国全体を見れば、家庭医はそうあるべきほどに甲状腺疾患に関する新しい知識を持っている(あるいは知っている)わけではないということです。甲状腺疾患の誤診は、私がインタビューした多くの甲状腺疾患患者によると、いまだにありふれたことであり、世界中で20人に1人は甲状腺の病気に罹っているのにもかかわらず、甲状腺に関する一般向けの情報はそれ程多くないのです。

このようなことがどのように甲状腺の病気を持つ女性に影響してきたのでしょうか。1980年頃までは、多くの女性が甲状腺の症状を家庭医(ほとんどは男性)に訴えても、その医師が甲状腺疾患について勉強していないために、まともに聞いてもらえなかったのです。そのような女性は、その症状が情緒的な精神疾患に由来する幻想だと言われていました。症状がなかなか取れない時、これらの女性は“頭がおかしい”のだと無視されるか、あるいは心気症とみなされたのです。《第2章》で述べたように、多くの女性が内分泌病専門医ではなく、精神科医に紹介されていました(今でもそうです)。医療界のこうした一般的態度が、多くの女性に自分自身と自分の体、双方に疑いをもたせることとなったのです。さらに悪いことに、昔は医師の世界が男性優位であったので、多くの女性は主治医を神聖視するか、あるいは怖じ気づいてしまい、そのために診断について質問したり、非常にリアルな症状についてのセカンドオピニオン(他の医師の意見を求めること)を求めることを慎んでいたのです。この“お利口な女の子”的振る舞いによって、何千人もの女性が何年にもわたって不必要な苦しみを受けるようなこととなったのです。

しかし、甲状腺疾患はやたらとそうだと診断されるものであるという評判があることもはっきり言っておかなければなりません。一部の医師は、本当は甲状腺疾患と関係があるはずのない症状まで、甲状腺の“状態”のせいと考える多くの患者がいることを報告しています。あらゆる種類の奇妙な症状が甲状腺のせいにされてきましたが、これらの患者では甲状腺の機能が実際にまったく正常であることがわかっています。

しかし、継続的な甲状腺の研究により、女性に関していくつかの興味深い結果が得られました。新しく母親になった女性のうち、実に18%もの人が実は産後甲状腺炎(この後と《第4章》で述べております)によって引き起こされるうつ病様の症状に苦しんでいるのですが、この人達は今まで産後うつ病だと誤って診断されていたと思われます。

甲状腺疾患に関する情報が簡単に入手できないことに関しては、現在アメリカ合衆国、カナダ、イギリス、および世界のその他の地域に甲状腺関係団体が存在しています。しかし、従来は何もわからないまま対処しなければならない女性にとって、甲状腺疾患は恐ろしいものだったのです。この病気に対する恐怖が、さらに症状を悪化させることも多かったのです。

幸いなことに、時代は急速に変りつつあります。ベビーブーム時代に生まれた女性が家族を持ち、中年になってくるにつれ、不妊や妊娠、更年期などの分野でもっと医学的な研究を進めるよう要求を出しています。初めて甲状腺の病気が女性の体に及ぼす影響を確かめるあらゆる種類の研究が行われるようになりました。
たくさんの“女性特有の問題”が、今では甲状腺機能を正常に戻すことで簡単に治せるようになりました。これは女性の甲状腺疾患患者にとっては朗報で、将来の研究は、女性の甲状腺についてまわる特有の身体との関連性に取り組み続けることになるでしょう。

この章の目的は、甲状腺の病気が女性の体にどのように影響し、またそれと反対に、女性特有の心理状態がどのように甲状腺に影響するかということについて述べることです。

月経周期

月経周期は女性にとって、特別な時計です。それは生物学的な時間とは何かということを教えてくれるもので、身体的、情緒的状態を測る計器となり、また健康上の問題があるという可能性を警告してくれます。どの女性も月経周期の変動があれば、すぐにどこかが悪いことがわかります。事実、中には自分の月経が非常に正確なため、それで時計を合わせられるような女性もいます。この体内の計器が甲状腺の病気を見つけ出すのに大切な要素となることがよくあります。

甲状腺ホルモンが月経や卵巣機能、そして全身の内分泌系に及ぼす影響は、非常に複雑です。甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症のどちらも、女性の月経周期に重大な影響を及ぼしうるものです。中等度の甲状腺機能低下症があれば、月経が長引き、量も多くなりますが、周期は短くなることが多いのです。甲状腺機能低下症がもっとひどい場合は、無月経症、つまり月経がなくなることがあります。1時間毎にパッドやタンポンを取り替えなければならないような出血は、きわめてひどいものと考えられ、婦人科検査によるフォローアップを受けなければなりません。これは他に原因がある可能性を示す徴候であり、それは甲状腺機能低下症が悪化しているのかもしれません。

したがって、甲状腺機能低下症自体、あるいはそれに伴うホルモン変化のいずれかによって起こる排卵や受胎の問題がある可能性もあります。例えば、重症の甲状腺機能低下症の女性の一部では、脳下垂体が分泌するプロラクチンというホルモンの量が増えます。プロラクチンは、正常な場合乳汁分泌を起こすものです。
授乳中でなく、しかもそのレベルが高い時は、エストロゲンとプロゲステロンのレベルが急激に下がり、そのため月経周期が不規則になります。

甲状腺機能亢進症の時は、月経が不規則(普通は周期が長くなります)で、量が少なく、期間も短くなります。甲状腺機能亢進症の女性は、無月経になることもあり、そのためになかなか妊娠しにくくなります。

若い女の子も甲状腺機能亢進症または機能低下症の影響を受けます。例えば、思春期に甲状腺の病気が起こると、月経開始が遅れることがあります。お嬢さんがこのような状況であるような場合やあなた自身が10代でまだ月経を見ないような場合は、甲状腺機能検査をしてもらいましょう。

同様に、現在なかなか妊娠しないとか、月経の量に問題を感じているのであれば、もっと大きな検査を受ける前に、まず甲状腺の検査を受けるようにした方がよいでしょう。甲状腺機能亢進症または機能低下症が治療で治れば、月経の量や不妊は正常に戻ります。月経周期に関するもっと詳しいことをお知りになりたい場合は、私の“婦人科のことがわかる本”をお読みになってください〈注釈:原書は、M Sara Rosenthal; The Gynecological Sourcebook, 2nd ed., 1997, Lowell Houseです>〉

経口避妊薬

これは、現在経口避妊薬(OC)を飲んでおり、甲状腺に病気があるという診断を受けた女性に関する問題です。まず、OCを飲んでいる場合、甲状腺機能亢進症か、機能低下症であっても、おそらく月経周期にはまったく変化が見られないと思います。これは、月経周期が経口避妊薬によって“決められて”いるためです。しかし、甲状腺機能亢進症か、機能低下症のどちらかの診断を受け、甲状腺ホルモン剤を飲んでいる場合でも、OCを飲んでかまいません。

今日まで、あらゆる研究で、OCは甲状腺ホルモン剤と一緒に飲んでもまったく安全であるという結論が出ています。これは、甲状腺ホルモン剤が本当の意味での薬ではなく、体内で自然に作り出されるホルモンをそのまま複製したものだからです。さらに、甲状腺ホルモン剤の投与量は、きわめて正確に決められるもので、一度用量のバランスがとれれば、その後投与される甲状腺ホルモン錠は、体がちょうど必要とする量になります。その上、OCはエストロゲンの用量が十分な効き目があり、なおかつ非常に低い量になるようきわめて厳密に定められております。甲状腺ホルモン剤とエストロゲン補充療法(子宮を取ってしまっている場合)あるいは更年期以降に処方されるホルモン補充療法(まだ子宮がある場合:この後で詳しく述べます)との組み合わせで、副作用の報告をした女性はおりますが、甲状腺ホルモン剤と併用してもOCの効果は十分にあります。いずれにせよ、甲状腺ホルモン剤を飲んでいる場合は、医師や婦人科医、あるいはOCを処方する人が誰であれ、そのことを言っておく必要があります。逆に、OCを飲んでいる場合も、医師や内分泌病専門医、あるいは甲状腺ホルモンを処方する人が誰であれ、かならずそのことを言う必要があります。

経口避妊薬の併用で、体重増加や食欲増進、うつ病、そして数多くのもっとあいまいな症状などの副作用がでることがあり、それが甲状腺の病気と紛らわしかったり、隠してしまうこともありますので、そのことを頭に入れておくことが大切です。どのようなものでもいつもと違う症状が出たら、医師に報告するようにしてください。経口避妊薬を中止することで、このようなケースでは甲状腺の病気があることがはっきりしたり、退けられることになります。

プロゲステロン単剤避妊薬

エストロゲンではなく、合成プロゲステロンを使う様々なホルモン避妊製品があります。これらの製品の中には、ノルプラントのように皮下にインプラント(皮膚の下に植え込む)するものや、デポプロヴェラのように注射するもの、そして“ミニ(ピル)”またはプロゲステロン単剤経口避妊薬のような錠剤タイプのものがあります。このような避妊薬の副作用の多くは、先に述べた従来の混合型経口避妊薬のものと同じですが、一つだけ特有の副作用があり、それは月経が非常に不規則になることです。この場合は、月経不順は避妊薬が原因であり、甲状腺のせいではありません。

いずれにせよ、混合型ホルモン避妊薬か、プロゲステロン単剤避妊薬のどちらを使っていようとも、月経周期を甲状腺の機能レベルをモニターするのに使うことはできません。避妊に関するもっと詳しい情報については、私の本である“婦人科のことがわかる本”も合わせてお読みください。

不妊症

全不妊女性の約30%は、ホルモン性のファクターにより引き起こされるものです。この中では、甲状腺の病気によるものはほんのわずかしかありません。また、甲状腺の病気と一緒になって不妊を引き起こしている他のファクターがあるかもしれないこともかならず頭に入れておかねばなりません。なかなか妊娠しない場合は、甲状腺の病気のせいだけにする前に、他の原因がないか医師に確かめてもらうようにしてください。

甲状腺機能亢進症または機能低下症のどちらかが不妊の原因である場合は、かならず一次的なものです。先に述べたように、甲状腺機能亢進症と機能低下症のどちらも月経周期を乱すため、排卵も同じように影響を受けるのです。一般的に、甲状腺機能亢進症か、機能低下症のどちらかが重症であり、診断されていない時に不妊が起こります。しかし、甲状腺の病気は見つかるのが普通で、重症の甲状腺機能亢進症または機能低下症の女性でも妊娠することができます。言い換えれば、甲状腺機能亢進症または機能低下症という理由だけで、妊娠することができないというわけではありません。したがって、普通に避妊している場合、甲状腺の病気の診断と治療の間はそのまま続けるようにしてください。しかし、不妊が甲状腺の病気の副作用である場合は、治療を受けて甲状腺機能が正常に戻れば、すぐに不妊は解決します(他に妊娠を妨げるものがないと仮定してですが)。

妊娠を阻止する可能性として考えられるもう一つの甲状腺機能亢進症または機能低下症の問題は、セックスに対する欲求が弱くなっていくことです。消耗や疲労が始まることで、ただそのようなエネルギー、あるいは欲求がないことに気付くと思われます。繰り返しますが、これは一次的な問題であり、甲状腺の病気を治療すればきれいに治ります。

原発性の卵巣機能不全は、バセドウ病や橋本甲状腺炎のように、卵巣の蛋白質を攻撃する蛋白質と白血球によって引き起こされる自己免疫疾患です。これによって卵巣はしぼんでしまい、排卵できなくなったり、早発性更年期や不妊が起こります。時に、このような自己免疫性の卵巣疾患が甲状腺機能低下症と併存することがあります。しかしこのようなことは非常に希です。このようなケースでは、最初甲状腺機能低下症が不妊の原因という疑いがもたれますが、さらに詳しい検査をすれば、甲状腺の病気とは別個にある原発性卵巣機能不全が見つかるはずです。

甲状腺機能低下症は、ターナー症候群の女性だけでなく、多嚢胞性卵巣症候群のある女性にも多く見られるということを頭に入れておくことが大切です。これは遺伝性の疾患で、女性ホルモンを補うことなしには卵巣が卵を作ることができません。これについてのもっと詳しい情報は、私の本である“不妊のことがわかる本”をお読みください〈注釈:原書は、M Sara Rosenthal; The Fertility Sourcebook, 2nd ed., 1998, Lowell Houseです〉

妊娠

妊娠中および産後の甲状腺の病気は普通に見られます。《第3章》で述べたように、甲状腺疾患の家族歴がある女性は、統計学的に妊娠初期の3ヶ月間と産後の最初6ヶ月間に、バセドウ病や橋本甲状腺炎のような自己免疫性疾患に罹りやすくなっています。バセドウ病や橋本甲状腺炎、そして産後甲状腺炎は妊娠中と産後にいちばん多い甲状腺の病気です。産後甲状腺炎は最近発見された病気で、甲状腺機能亢進症と機能低下症の両方の範囲にまたがっています。この病気は産後2〜3ヶ月で起こることが多いのですが、甲状腺組織を損傷する抗体が作られるようです。そのため、血液中に甲状腺ホルモンが流れ出し、甲状腺機能亢進症が起こります。回復期の前には、甲状腺ホルモンのレベルが下がり、一次的、あるいは永久的な甲状腺機能低下症を生じることがあります。この病気は普通に見られ、産後の女性全体の8から10%に起こるため、普通、すべての女性に対して産後の甲状腺検査が行われます。産後にまだ検査を受けていない場合は、医師に頼んでしてもらうようにしてください。もっと詳しいことは《第4章》をご覧ください。

結節や甲状腺腫、またその他の甲状腺に関連した病気が、時に妊娠中に起こることがありますが、これはそれ程多くありません。このことはこの章の後の方で述べることにします。妊娠についてもっと詳しい情報が必要な方は、私の本“妊娠のことがわかる本”をお読みください〈注釈:原書は、M Sara Rosenthal; The Pregnabcy Sourcebook, 2nd ed., 1997, Lowell Houseです〉

妊娠計画

甲状腺機能低下症の治療を受け、妊娠を試みている場合は、その間に甲状腺ホルモンレベルのチェックをもう一度行ってもらうようにしましょう。甲状腺ホルモン剤の量が十分であることを確かめるには、甲状腺機能検査(遊離T4レベル)とTSH検査の両方をしてもらってください。そうすれば、妊娠中にあなた自身と赤ちゃんに生じうるあらゆるリスクを最小限に留めることができます。妊娠した時はいつもより疲れを感じるのが自然であるため、甲状腺機能低下症によって起こる疲労により、エネルギーレベルが著しく低下することがあります。繰り返しますが、妊娠の症状が甲状腺の病気を隠していたり、その逆のことがないか確かめることが大切です。

放射性ヨードで甲状腺機能亢進症の治療を受けている場合、妊娠は6ヶ月ほど先に伸ばさなくてはなりません。用心のため、医師は放射性ヨードを投与する前に、まず妊娠していないかどうかを調べます。

最後に、抗甲状腺剤を飲んでいて、妊娠の予定がある場合は、その薬を飲んでいる間に妊娠する方が、医師の監督下にある限りは安全なことがあります。この薬は、甲状腺刺激抗体(TSA)から胎児を守ると思われるためで、この抗体は胎盤を通じて母親から赤ちゃんに行くことがあるからです。

妊娠中の正常な甲状腺機能はどのようなものでしょうか?

妊娠中に甲状腺がわずかに大きくなるのは正常なことです。これは胎児が母親からヨードを奪うためです。もう一つ起こることは、母親は妊娠中により多くのヨードを尿から失うようになります。甲状腺が大きくなるもう一つの理由は、ヒト絨毛膜性生殖腺刺激ホルモン(hCG)によるものです。このホルモンは胎盤で作られ、甲状腺を軽度に刺激することがあります。研究者は、hCGがTSH(甲状腺刺激ホルモン)の分子構造に非常によく似ていることを発見しました。事実、古代エジプトでは若い嫁の首に細い紐を巻きつけるしきたりがあり、その紐が切れると妊娠したということを意味したのです。しかし、用心のため、ちょっと大きくなった程度の甲状腺、あるいは甲状腺腫はかならずチェックしてもらうようにしましょう。母親のヨード欠乏がひどくなればなるほど(特に、ヨード欠乏地帯に住んでいる場合)、甲状腺はもっと大きくなります。

正常で、健康な妊婦に頻脈や心悸亢進、発汗、そして暑さに弱いなどの甲状腺機能亢進症をうかがわせる症状が出ることがよくあります。これは妊娠で代謝速度が速くなるからです。それでも、甲状腺機能亢進症は妊娠1,000回に1回しか起こりません。妊娠した体がより高レベルのエストロゲンを分泌するため、妊娠中は甲状腺ホルモンレベルも上昇します。これは、血液中でサイロキシンをそこに留めておく結合タンパクの量が増えるためです。しかし、組織が利用できるサイロキシンの量は増えません。そして、甲状腺ホルモンのレベルが上がっても正常な妊婦では甲状腺ホルモンの産生を妨げることはありません。

赤ちゃんの甲状腺

赤ちゃんの甲状腺は妊娠10週目と12週目の間に機能しはじめます。甲状腺ホルモンは、胎児の神経系の発達に大切なものです。この時期のホルモンは主に胎児の甲状腺から分泌されるものです。母親の甲状腺ホルモンは、ほんのわずかの量が胎盤を通るだけです。

母親の食餌中に含まれるヨードも胎盤を通り、胎児の甲状腺で甲状腺ホルモンを作るのに使われます。ヨード欠乏は、新生児の甲状腺機能低下症あるいは精神発達遅延を引き起こすことがあり、発展途上国での大きな問題になっています。しかし、北アメリカではヨードが食餌中にたっぷり含まれているため、食餌性ヨード欠乏による疾患はここでは起こりません。
胎児の甲状腺疾患については、《第9章》で述べます。

妊娠中の甲状腺疾患

妊娠する前から、甲状腺機能低下症であるか、甲状腺の病気で甲状腺ホルモン剤を飲んでいる場合は、通常の治療に使われる甲状腺ホルモンのサイロキシンはそのまま飲んでも差し支えありません。サイロキシンは胎盤を通じて母親から胎児にいくことはほとんどありません。時に、妊娠中にサイロキシンの必要量が増えるため、投与量を変える必要がある場合もあります。投与量を40から50%増やすのが普通です。このような場合は、いずれにせよ医師がTSHレベルをモニターするのが普通ですし、必要に応じて量が増やされます。

妊娠中に甲状腺機能低下症が疑われた場合は、医師がTSH検査を行うことになります。妊娠していない女性とまったく同じで、甲状腺機能低下症であれば、TSHレベルが上がっており、サイロキシンで治療を受けることになります。時に、妊娠それ自体が甲状腺機能低下症の症状を隠してしまうことがあります。例えば、便秘やむくみ、疲労などは全部妊娠の特徴なのです。このような徴候がでた場合、甲状腺機能低下症はおそらくそれほどひどいものではないと思われます。しかし、出産後も症状が残ります。

妊娠中の甲状腺機能亢進症は、もっと複雑です。そして、大体バセドウ病が原因で起こります。しかし、妊娠中の甲状腺機能亢進症の診断や治療には、胎児や母親にいくつか特別な考慮を払う必要があります。甲状腺機能亢進症を治療しないでいると、流産や死産のリスクが高くなります。1995年の研究では、抗甲状腺抗体のある女性の流産のリスクは32%であるのに比べ、そうでない女性では16%であることがわかりました。流産のリスクは年齢が高くなるにつれても上がってきます。さらに、この病気が治らずにいたり、妊娠後期になって初めてわかったような時は、母親と赤ちゃんに対する全体的なリスクが増加します。

妊娠していない女性と同じように、特有の甲状腺機能亢進症の症状により病気があることがうかがえるのが普通ですが、ここでも暑さに弱いとか、心悸亢進のような古典的症状のいくつかは典型的な妊娠の特徴を反映していることがあります。目が飛び出したり、甲状腺腫が現れてくるようなことは、バセドウ病の存在をうかがわせるものですが、放射性ヨードスキャンや治療は妊娠中には決して行えませんので、甲状腺機能亢進症は血液検査を通じてしか確かめることができません。

放射性ヨードスキャンが妊婦に対し、うっかり行われることが時にあります。これは妊娠に気づいていない時に起こる可能性があります。例えば、経口避妊薬を飲んでいる女性でも妊娠することがありますし、あるいは本当はプラスなのに妊娠初期の妊娠検査がマイナスに出ることもあります。しかし、妊娠が明らかにわかる段階にある場合や自分ではっきり妊娠がわかっている場合は、有能で、きちんとした資格のある医者が放射性ヨードスキャンを勧めるようなことはありません。しかし、妊娠初期(最初の3ヶ月間)に甲状腺スキャンを受けた可能性がいくらかでもあるような場合でも、スキャンのみに使われた放射性ヨードの量では、胎児に害を与えることはありません。事実、この場合に胎児に入るであろう放射性ヨードの量は、私たちが普通に呼吸している大気中に存在する自然放射能の量をかろうじて超える程度のものでしかありません。

その一方で、放射性ヨード治療が妊娠初期にうっかり行われてしまった場合、その放射線の量は胎児に傷害をおよぼすに十分なものとなり得ます。このような場合は、カウンセリングを受けなければなりませんし、治療的妊娠中絶を考えることもあろうかと思われます。この中絶は合法です(しかし、このような状況下でもまったく正常な子どもが生まれているということも言っておく必要があります)。

巡り合わせが悪く、放射性ヨード治療がたまたま妊娠の最初の3ヶ月以降に行われた場合、赤ちゃんの甲状腺はおそらく破壊されると思われます。しかし、これは生まれてから甲状腺ホルモン補充療法により治療できます。このようなケースでは、妊娠中絶をする必要はないでしょう。このような間違いは、特異な状況であったとしてもきわめて希なことです。時に、検査室での取り違えが起こったり、試験管がどれが誰のかがわからなくなることがあります。この種の取り違えは、胎児が小さく、妊娠の徴候がなく、妊娠に気がついていない女性に限って起こることがあります。

そうでなければ、それ以外の妊娠中の甲状腺機能亢進症のケースはすべて、抗甲状腺剤で治療されます。プロピルチオウラシル〈注釈:日本ではプロパジール(チウラジール)〉またはメチマゾール〈注釈:日本ではメルカゾール〉がいちばん多く使われますが、プロピルチオウラシルの方がメチマゾールほど胎盤を通りやすくないため、妊娠中はこちらの方がよく使われます〈注釈:プロピルチオウラシルとメチマゾールの胎児甲状腺機能を抑制する作用は同じと考えられています。一回投与の場合に限り、プロピルチオウラシルの方が胎盤を通過しにくいが、ずっと飲む場合は胎盤通過は同じである〉。妊娠中に投与される抗甲状腺剤は、まず甲状腺機能亢進症をコントロールするために使われます。その後は、甲状腺ホルモンレベルを正常範囲内の高い方の値、あるいはリスクを伴わない最大値に維持する最低の用量を投与することが目的となります。こうすれば、用量が少なくなるので、赤ちゃんへのリスクが最小限ですみます。抗甲状腺剤を低用量で投与するもう一つの理由は、妊娠中は母親の免疫系の働きが抑えられているので、低用量であれば、高用量を投与した時ほどには赤ちゃんに影響がないと思われるからです。用量が高くなれば、薬が胎盤を通じて赤ちゃんの血液中に入り、最終的に赤ちゃんの甲状腺に影響を与える可能性があります。TSAも胎盤を通るため、胎児の甲状腺機能亢進症を起こす可能性があります。これはきわめて危険であり、胎児が死亡することさえあります。したがって、プロピルチオウラシルは、胎児の甲状腺を抑制することで、実際に胎児のためになります。

時に、プロピルチオウラシルにアレルギーであることに気がつく女性がおります。このようなことが起きた時は、代りにメチマゾールが使われます。どちらの薬にも問題がある場合、甲状腺切除術が妊娠中期に行われることもありますが、これは希です。一般的に、流産を誘発する可能性があるので、妊娠中の手術は避けられます。

甲状腺機能亢進症が妊娠が進むにつれて軽くなってくることがよくあります。このようなことが起きた場合は、産み月が近くなるにつれて、抗甲状腺剤を徐々に減らしていくことができます。そして、出産後に甲状腺の機能が正常に戻ることが多いのです。

妊娠中の甲状腺機能亢進症の原因がバセドウ病である時は、重症の甲状腺機能亢進症になったり、陣痛や出産時の合併症が起こるのを防ぐため、妊娠全期間を通じて甲状腺機能亢進症のコントロールを行う必要があります。プロパナロールのようなベータ遮断剤がプロピルチオウラシルに加えられますが、これは授乳中に飲み続けても安全です。

妊娠中に見つかる孤立性甲状腺結節

妊娠中にしこりが甲状腺に見つかった場合は、妊娠のどの時期かによって検査や治療のやり方が異なります。妊娠第1三半期(最初の3ヶ月)であれば、そのしこりが悪性か良性かを確かめるために、針生検が行われます。悪性であれば、手術がおそらく第2三半期(妊娠4ヶ月から6ヶ月)に行われることになるでしょう。この時期は手術を行うのにもっとも安全な時期と考えられています。第2三半期にがん性の結節が確認された場合、その時期であればまだ手術することが可能です。そうでなければ、出産まで待つ必要があります。《第6章》で述べたように、甲状腺がんの発育は非常に遅いので、2〜3ヶ月長く待ったとしても、全体の治療の筋書きに違いが生じることはありません。

しかし、結節が第2または第3三半期(妊娠7ヶ月以降)に初めて見つかった場合は、検査や治療はおそらく出産まで待つことになるでしょう。その後であればスキャンを行うことができるからです。

産後の甲状腺疾患

《第4章》で述べたように、出産後、バセドウ病や橋本甲状腺炎のような自己免疫疾患がいきなり出ることがあります。これは特に甲状腺疾患の家族歴がある人に多く見られます。これらのケースでは、どちらの病気に対しても通常通りの治療を受けることになります。しかし、出産後にバセドウ病を発病した場合は、プロピロチオウラシルが母乳に出ることはないため、授乳を中止する必要はありません。妊娠中にバセドウ病を発病した場合は、抗甲状腺剤を続けなければ、出産後に病気が悪化することがあります。

妊娠の前に、バセドウ病の診断を受け、治療がうまく行っていた場合、時に、出産後に再発することがあります。しかし、出産後のバセドウ病のひどさにもよりますが、授乳が終わるまで、治療を延ばした方がよい女性もおります。

産後甲状腺炎は、すべての産後の女性の5から18%に起こり、6から9ヶ月続くものですが、産後うつ病やマターナルブルー(産後のうつ病)の隠れた犯人であることがよくあります。しかし、出産後最初の3ヶ月間に出る、疲労や抑うつ、記憶力減退、および集中力低下のようなマターナルブルーの症状はよく見られるものであり、女性の甲状腺ホルモンレベルとは無関係なことが多いということは頭に入れておくべきでしょう。さらに、産後に情緒的障害のある女性がすべて甲状腺の病気に罹っているわけではありません。最近、産後精神病(重症ですが希な精神疾患です)になった女性グループに対する臨床研究が行われました。この研究では、何らかの甲状腺の病気がある女性は一人もおりませんでした。それにもかかわらず、あなたまたは誰かが産後に情緒的な障害を経験しているのであれば、念のため甲状腺の検査を受けるのはまったく理にかなったことです。

乳房との関係

ひと頃は(この本の初版が出た後)、甲状腺疾患が乳がんと関係があるかどうかについて、紛らわしい報告がいくつか出ましたが、これは本当ではありません。甲状腺がんを含む内分泌腺のがんの強い家族歴があれば(甲状腺がんの大部分は子どもの頃のX線療法や放射性ヨード降下物のような外部からの影響が引き金となっで引き起こされるのですが)、統計学的にある種の内分泌腺がんを生じる危険性が高いのです。

甲状腺ホルモン剤が乳がんを起こすことはありませんし、放射性ヨード治療も乳がんの原因とはなりません。これはこの治療を受けた患者の50年にわたる追跡調査に基づいたものです。その一方、ほとんどの場合、乳がんの原因について、絶対そうだと言い切れるものはあまりないのですが、現在のところ甲状腺がんに罹っている人に一般集団の女性に比べて乳がんの発生率が高いようには見えません。

ある種の乳腺機能や乳腺の病気で、甲状腺疾患やその治療に影響を受けるものがあります。母乳を与えている場合、放射性ヨードスキャン(甲状腺スキャン)または放射性ヨードによる治療を受けてはなりません。放射性同位元素は母乳の中に出てきますし、子どもに伝わる可能性があります。

抗甲状腺剤であるプロピルチオウラシルは、前に述べたのと同じ理由で授乳中にも使うことができます。サイロキシン〈注釈:日本ではチラージンS〉も安全です。これも母乳の中に出てきますが〈注釈:この記載は間違いです。チラージンSは母乳には出ません〉、用量のバランスが取れている限り、いずれにせよ子どもに害を与えることがありません。

一部の人で線維嚢胞性乳房疾患であると診断された人がいるかと思いますが、これは6種類の異なった乳房の病気をまとめて言う言葉で、これらの病気は互いにまったく関連性はありません。いずれにせよ、これらの病気の一つは非周期的乳房痛として知られる病気です。これは、ホルモン性というより解剖学的原因によるもので(乳房内部にある何かが痛みを起こしています)、更年期や月経にともなって消えるわけではありません。この痛みは大きな嚢胞によって引き起こされることがよくあり、事実、多くの女性に痛みを伴う嚢胞ができやすいのです。そのため、女性は線維嚢胞性乳房疾患イコール痛みのある、でこぼこの乳房のことだと信じるようになったのです。これは全然本当のことではありません。この特殊な乳房の病気のある女性で、線維嚢胞性乳房疾患と言われた人は、ヨード治療を受けることになるかと思われますが、これは効果があると証明されています。
多くのアメリカの乳房疾患専門医は、どのような乳房の病気であれ、それに対するヨード治療のことを知りません。

面白いことに、今、研究で、ちょうど甲状腺と同じように卵巣と乳房もヨードを必要とすることがわかっています(ある研究者は乳房のことを“大きな甲状腺”と呼んでいます)。乳房に痛みのある嚢胞がある女性では、この種のヨード治療で著しい改善が認められています。ただ、まずいことに、嚢胞が原因の乳房の痛みでヨード治療を受けると、甲状腺の活動し過ぎを起こす可能性があることです。あるいは、すでに甲状腺の薬を飲んでいる場合は、ヨードがその薬の働きを妨げることがあります。ただ、甲状腺の病気と乳房の病気はかならず同じ医者に管理してもらうようにしてください。このヨード治療を受けている場合は、6ヶ月毎に甲状腺ホルモンレベルを検査してもらい、医師は甲状腺腫の徴候がないか頚部の触診を行うべきです。

更年期(閉経期)

更年期(閉経期:メノポーズ)とはギリシア語の言葉で、“月”を意味するメノという言葉と“停止”を意味するポーズという言葉から作られたものです。つまり、月経が止まるという意味です。自然の閉経期と初経期(最初の月経)にはたくさんの共通点があります。どちらも女性が次第に入っていく徐々に進行するプロセスです。若い女の子が目が覚めたら思春期になっていたというようなことがないのと同じで、女性はある日、目が覚めて突然更年期になっているようなことはありません。しかし、卵巣切除術(手術で卵巣を取ること)の副産物として更年期が起きたり、あるいは卵巣機能不全(例えば、がん治療または子宮切除術の結果として)が起きた場合は、きわめて乱れたプロセスとなることがあります。このような女性は本当に目が覚めたら更年期(閉経期)になっていたというようなこともあり、その結果、自然に閉経する人より、はるかに顕著で、重症の更年期症状に悩まされる可能性があります。これは外科的更年期のためで、これに対するホルモン補充療法(HRT)とエストロゲン補充療法(ERTまたは異を唱える人のいないエストロゲン)が非常に熱心に議論される女性の健康の問題となってきました。特に、エストロゲンの喪失は体内の化学反応を大きく変化させ、それがさらに急速な加齢プロセスの引き金になります。これらのホルモンを補うことで、加齢プロセスを相殺することになり、これは外科的更年期にあり、“時期が来ないうちに年をとる”はずのない何百万人もの女性に対する適切な治療であります。

自然に閉経が起こる場合は、大体48歳と52歳の間あたりですが、30代後半または50代半ばで起こることもあります。更年期が35歳以前に起きた場合は、専門的には“早発性更年期”とみなされます。いずれにしても、更年期の平均年齢は50歳から51歳です。

社会的には、更年期(閉経期)とは一つの過程のことを言い、月経周期のある特定の瞬間を言うものではありません。しかし、医学的には、更年期(閉経期)とは実際にある特定の瞬間を厳密に指すものです。最終月経の日です。しかし、更年期の前後は身体的にも社会的にも女性に大変な変化が起こります。

更年期が近づくにつれ、卵胞刺激ホルモン(FSH)と呼ばれるホルモンの量がピークに達します。FSHは月経を開始させ、卵巣にエストロゲンを作るよう命令するホルモンです。しかし、卵巣がその働きを終えたため、エストロゲンのレベルは下がり続けますが、その一方でFSHレベルは上がり続けます。このエストロゲンの分泌低下とFSHの分泌がピークを迎えることにより、皮膚の乾燥(特に膣の乾燥)やのぼせ、気分の揺れ、抑うつ、およびその他もろもろの不快な症状を含む一連の更年期症状が引き起こされます。残念なことに、更年期の症状の多くが甲状腺機能亢進症または機能低下症のどちらかの症状にそっくりなのです。このために、恐ろしいほどの割合で更年期の誤診が生じます。

FSHとエストロゲンはTSHとサイロキシンの組み合わせと同じような関係で作用します。FSHはTSHのように、脳下垂体から放出されます。甲状腺ホルモンがTSHを抑制するのと同じように、女性ホルモンであるエストロゲンはFSHを抑制します。そして、ちょうど合成甲状腺ホルモンが甲状腺機能低下症の人の高いTSHレベルへに対処するのと同じで、少量の合成エストロゲンを女性に与えると、FSHの上昇によって起こる更年期症状が緩和されます。エストロゲンのバランスがとれれば、FSHのレベルは下がりますが、これがピルの元になった概念です。

女性が更年期に入り、更年期症状が始まると、普通は、いちばん広く使われている合成エストロゲン製剤であるプレマリンが投与されます。プレマリンは正常な甲状腺機能を持つ女性には問題ないのですが、サイロキシン〈注釈:日本ではチラージンS〉を飲んでいるか、または甲状腺疾患の家族歴のある女性では、更年期の間に少なくとも1回は甲状腺機能検査をしてもらうことが大事です。甲状腺機能亢進症や機能低下症の症状は、更年期の症状と間違われることがあるため、本当に必要なものは甲状腺ホルモンであるのに、結局エストロゲンの投与量が多すぎたというようなことにはなりたくないはずです。今までのところ、年齢別の甲状腺疾患発生率の研究では、更年期に甲状腺機能亢進症が増えるというようなことは示されていません。しかし、ベビーブーム世代が更年期に入っていくにつれて、この統計は変化する可能性があります。

骨粗鬆症

甲状腺ホルモンを飲んでいる女性の質問の中で、いちばん多いものの一つが甲状腺疾患と骨粗鬆症との間に何かつながりがあるのかということです。
ほとんどの女性が考えていることとは逆に、これも《第1章》で述べた甲状腺の産物ですが、カルシトニンとは何のつながりもないのです。では、ここで本当のことを言って、誤りを正したいと思います。

甲状腺ホルモンは私たちの体の頭のてっぺんからつま先まで使われているのです。一般的に、体の中に甲状腺ホルモンが多すぎる人は、誰でも骨の喪失を起こしやすいのです。これは、甲状腺ホルモンが体の他の部分の代謝の速度を速めたり、遅くしたりするのとちょうど同じように、骨細胞の働きを速めたり、遅くしたりするからです。骨芽細胞は骨を作り上げる細胞で、破骨細胞は古い骨を除き、新しい骨と置き換われるようにする細胞です。甲状腺機能亢進症の時は、破骨細胞が過剰な刺激を受けます。要するに、破骨細胞の気がふれるのです。骨芽細胞が新しく骨を置き換えるより速いスピードで骨を除きはじめます。骨芽細胞は甲状腺機能亢進症の影響を受けません。したがって、取り除かれる骨の量の方が多くなり、その結果骨が失われることになります。

しかし、甲状腺機能亢進症の治療を受けたり、甲状腺ホルモン剤補充の量が適正であれば、このリスクはなくなります。しかし、皆が知っているように、正しい用量を見つけることはそれ程簡単ではありません。特に、年を取ったり、体重が増えたり減ったりなどで必要な甲状腺ホルモンの用量が変化することがあるためです。専門家が勧めていることは、毎年甲状腺ホルモンレベルをかならずチェックしてもらうことですが、そうすればそれに応じて用量を調整することができます。甲状腺がんの治療で甲状腺切除を受けた女性は、TSHの活動を完全に抑えるためにやや高目の甲状腺ホルモンの用量が必要です。これは用量のバランスを取るのが特に難しいことを意味します。どのような場合にも(特にこのようなケースで)私がお勧めしているのは、主治医に正確な量の甲状腺ホルモン錠を処方してくれるように強く言うことです。これはシントロイドやレボキシル、レボトロイド、あるいはエルトロキシン(カナダのみ)のようなほとんどの銘柄薬〈注釈:日本ではチラージンS〉ではそれができます。例えば、一部の女性では125または150マイクログラムの代りに、137マイクログラムを飲む方がよい場合もあるのです。

甲状腺と骨粗鬆症、そして更年期

甲状腺(骨粗鬆症)の問題は、更年期の女性、特に過去7年間に更年期を経験した女性ではさらに悪化します。おそらくすでにご存知とは思いますが、卵巣で作られるエストロゲンには骨密度を保つために必要なカルシウムの吸収を助ける役目があります。体内のカルシウムレベルが低い時は、体は骨からカルシウムを取りますが、そのために一層骨が失われることになります。甲状腺機能亢進症であり、しかも更年期であれば、それが一緒になって骨には非常に大変なことになります。

甲状腺の病気がある時にどうすれば骨粗鬆症を予防できるか?

まず、甲状腺の病気あるいは甲状腺ホルモンの用量をできるだけ早くコントロールすることです。次に、乳がんの既往がない場合は、ホルモン補充療法(HRT)を受けることも考慮してください。HRTは骨が失われるのを止めるだけでなく、他の病気に比べ、女性が命を落とすことの多い心臓病からも守ってくれます。3番目に、よく食べて運動することです。カルシウムは食べることで摂取できます。
運動は骨密度を高めます。《第13章》で、生涯のすべての段階での適切なカルシウムの量も含め、栄養に関する詳細を載せておりますのでご覧ください。

HRTができない場合は?

病歴のためにHRTができない場合は、食餌と運動で本当に素晴らしい効果が得られます。希なケースですが、カルシウム注射でもカルシウムレベルを高めることができます。現在、イギリスを含む世界の多くの地域で使われているエチドロン酸ナトリウム〈注釈:日本では商品名ダイドロネルで発売されています〉でも骨の喪失を防ぐことができますが、北アメリカではまだ実験段階だと考えられています。

60歳以降

更年期前または更年期の最中に甲状腺の病気の診断を受け、甲状腺ホルモン剤を飲んでいる場合、定期的に甲状腺の検査を受けるようにしてください。年齢が高くなるにつれて、必要な用量が変化し、用量が高すぎることで甲状腺機能亢進症が起き、心臓に不必要な負担がかかる可能性があります。

しかし、女性に60歳過ぎてから甲状腺の病気、特に甲状腺機能低下症が起こることも多いのです。事実、60歳以上の人の約20%は臨床的な甲状腺機能低下症です。そしてこの年齢グループの女性は男性に比べ約4倍甲状腺機能低下症を生じ易いのです。この理由の一つは、免疫系の異常が男性より女性の方にはるかに多く、免疫系の機能が年を取るにつれて落ちてくるためです。もう一つのはっきりした理由は、統計学的に女性の方が男性より長く生きるためで、それが女性対男性の比率を上げるからです。残念ながら、60歳過ぎてからの甲状腺の病気の診断は、病気が何であれ難しくなります。これは、甲状腺機能低下症と機能亢進症のどちらの症状も誤って解釈されることがあるからです。

例えば、寒さに弱いとか体重増加、便秘、無気力な行動などの甲状腺機能低下症の症状は、加齢の症状ともそっくりなのです。同様に、心悸亢進や神経質、発汗、体重減少、筋力低下のような甲状腺機能亢進症の症状も加齢の症状として見られるものです。このような症状のどれかを経験した場合は、かならず甲状腺機能検査を受けるようにした方がよいでしょう。甲状腺機能低下症または甲状腺機能亢進症は、甲状腺ホルモンが増えるか、減るかしていることで確かめられます。

60歳以降の甲状腺機能低下症の治療は比較的簡単です。甲状腺ホルモン剤を飲むことになりますが、先に述べた理由から、若い患者より用量が低くなると思われます。甲状腺機能低下症の軽症のケースでは、はっきりした症状がなければ直ちに治療する必要はないかもしれません。60歳以降の甲状腺機能低下症の原因として考えられるのは、普通、橋本病です。

60歳以降に起こる甲状腺機能亢進症の原因は次の4つのうちの1つである可能性があります。バセドウ病、中毒性多結節性甲状腺腫、亜急性甲状腺炎(《第4章》参照)、単発性中毒性腺腫(《第5章》参照)です。時に、橋本病が甲状腺機能亢進症の症状を引き起こすこともあります。治療は他のすべての甲状腺機能亢進症の患者と同じですが、60歳以降では60歳以前より、抗甲状腺剤が使われる頻度が高くなります。

広島原爆乙女症候群

広島原爆乙女症候群とは、頭頚部外科医が使う用語で、顔や頚部の電解治療の結果、火傷を負った北アメリカ女性のことを言います。電解治療はこれらの領域の無駄毛を取り除く、安全で効果的な方法と考えられていました。しかし、約10年前、頭頚部外科医がずさんな、あるいは過度の電解治療により大変な数の女性にひどい傷痕や火傷を見はじめるようになりました。皮肉なことに、これらの火傷は広島の原爆犠牲者に見られるものとそっくりであったのと電解治療を受けたのは女性だけであったため、そこから広島原爆乙女症候群という言葉が生まれたのです。

一部の外科医が“広島原爆乙女症候群”で甲状腺にできた結節の治療をしたと報告しています。一部のケースでは結節が悪性であることがわかっています。これは《第5章》で述べたX線治療の筋書きと同じです。

理由が何であれ、顔や頚部に最近電解治療を受けたか、そうしようと思っているのであれば、次にいくつかその注意事項を挙げておきます。

  1. ワックス脱毛や毛抜き、または脱色のような別の脱毛法をかならずよく調べましょう。
  2. それでも電解法がいちばんよい方法だと思う場合は、かならず免許を持った技術者がいる評判のよいサロンに行くようにします。治療を受ける前に過去に治療を受けたお客に問い合わせるか、見せて貰うようにしましょう。
  3. 親しい友人や親戚が勧めるサロンへ行くようにします。
  4. よいサロンを見つけるのが難しい場合は、皮膚科医(皮膚の病気を専門に扱う医師)を捜し、そこで電解治療を受けることができる評判のよいサロンを知っているか、勧めてくれることができるかを尋ねます。

どの年齢でも女性の甲状腺疾患患者に対しては、特別に考慮しなければならないことがあります。これらの問題のいくつかを知り、家庭医や婦人科医、あるいは内分泌病専門医と健康に関する議論をすることで、甲状腺の病気、あるいは甲状腺の病気の診断や治療を行う上での合併症を予防することができます。ほとんどの女性は同時に最低2人の医師にかかることになります。《第10章》では、どのようにすれば効果的にいろいろな医師の診察を受けたり、誤診の可能性または甲状腺の病気に関連した単純な誤解を防ぐことができるかを述べます。

《第8章》では、特に男性で考慮しなければならないことを簡単に述べることにします。明らかに、甲状腺の病気がある女性に対しては、数多くの複雑な問題を考慮しなければなりませんが、男性の問題はそれ程数も多くありませんし、複雑でもありません。しかし、甲状腺の病気のある男性にとっても、正確な情報が大切です。

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