第4章:甲状腺炎

アメリカ合衆国だけで、おおよそ1,200万人の人が甲状腺炎に罹ります。扁桃腺炎が炎症を起こした扁桃腺のことを言うのと同じように、甲状腺炎も炎症を起こした甲状腺のことです。どの種類の甲状腺炎に罹ったかによって、甲状腺腫や甲状腺機能亢進症あるいは甲状腺機能低下症の症状が生じてきます。いちばん多いタイプの甲状腺炎は橋本甲状腺炎で、これは《第3章》で述べた自己免疫性疾患です。

この章では、他の種類の甲状腺炎をもっと詳しく述べ、3種類の普通に見られる形の甲状腺炎と2種類の希なタイプの甲状腺炎のことを論じることにします。

炎症は普通の場合、擦り傷や開いた傷が感染するように、感染に関係しています。しかし、いちばんわかりやすいのは、大きな腫れた甲状腺としてそれを考えてみることです。同じように、リンパ腺や唾液腺も様々なウィルス感染によって腫れます。甲状腺もやはり同じように腫れることがあります。事実、橋本病の次に多い甲状腺炎の主な原因は、ウィルス感染です〈注釈:このウイルスを見つけた人はいません〉

亜急性甲状腺炎

クビが痛い!

亜急性甲状腺炎は、最初にこの病気を記載したスイスの医師の名を取って、デ・ケルバン甲状腺炎としても知られています。橋本病の方が約40倍多いのですが、この形の甲状腺炎は北アメリカで特に罹患率が高いようです。亜急性(または“それ程ひどくない”)甲状腺炎は、おそらく1種類以上のウィルスによって引き起こされるものと思われます。この病気がウィルスが原因で起こるという最終的な証明はなされていませんが、はしかやおたふく風邪、そして風邪のウィルスと同じような数種類のウィルスが関わりを持っていると考えらています。しかし、この種のウィルスは伝染性のものではありません〈注釈:ここの記載もおかしいと思います。普通、ウイルスは伝染します〉

病状はごく軽いものからひどいものまで幅があり、普通のインフルエンザウィルスに感染したときのような自然経過をたどります。普通は、軽い亜急性甲状腺炎に罹った場合、喉の痛み以外は何も変った症状は感じないため、誰も医師にかかろうとは思わないでしょう。しかし、いちばんひどいケースであれば、きわめて不快に感じるはずです。

この病気は普通、インフルエンザとそっくりの症状が出ます。つまり、だるくて、筋肉が痛み、頭痛がして、熱が出ます。しかし、病気が進行するにつれて、甲状腺が炎症のため実際に腫れたり、大きくなったりします。そして、触った時にとても痛むようになります。物を飲み込むときにひどく痛んだり、実際に刺すような痛みを首のところに感じる場合もあります。さらに悪いことには、甲状腺機能亢進症になる場合があるのです。

甲状腺が炎症を起こすと、傷口から膿が流れ出すように、甲状腺から甲状腺ホルモンが漏れ出すのです。気味が悪いのですが、本当です。それから、もちろん体全体にサイロキシンが多すぎる状態になり、《第2章》で述べたようなあらゆる典型的な甲状腺機能亢進症の症状を経験することになります。

ただ、よいことは亜急性甲状腺炎はちょっとの間しか続かないことです。そして、もっとひどいケースであっても、約6週間ほどの経過をたどって大体自然に治ります。ただ、これはとても惨めな6週間になるはずです、特にどこが悪いのかがわからない場合はなおさらでしょう。この病気は完全に治るまでもう少し長い時間がかかる場合もありますが、6ヶ月以上続くことはきわめて希です。

この病気に罹った人(女性の方が男性より多いのですが)は喉の痛みを訴えて医師のところへ行って、誤診されてしまいます。医師にどこが腫れていて、触ると痛いのかを正確に示す場合は、医師には大体すぐわかります。特に医師に甲状腺の病気が家族内に伝わっていることを告げた場合はすぐに診断がつくでしょう〈注釈:ここの記載もおかしいと思います。前のところで、『この種のウィルスは伝染性のものではありません』と記載していることと、矛盾します〉。それでも、亜急性甲状腺炎患者が医師のところに行くのは、甲状腺機能亢進症のためであることが多いのです。

亜急性甲状腺炎は、時に消去法を通じて診断されます。甲状腺は触ると痛いので、医師はバセドウ病ではありえないことがわかります。圧痛から橋本病が疑われることもよくあります。でも、血液検査で簡単に橋本病ではないことがわかります。この場合、血液中に抗体がないからです。もっとひどい例では、そこに甲状腺腫が存在する場合があり、放射性ヨード取り込み試験が行われます。この種の甲状腺炎では、試験の結果はきわめて低い値になりますが、これは感染した甲状腺細胞がヨードを吸収できないほど具合が悪くなっているからです。ヨード取り込みの正常範囲は8から32%の取り込みですが、亜急性甲状腺炎では取り込みは1%に満たないのです。しかし、これは自然に治る病気であるため、取り込み試験までするのはちょっとやり過ぎかもしれません。

軽いケースに対しては、腫れと炎症を抑えるため、アスピリンで地味な治療がなされます。甲状腺機能亢進症がもっとひどい場合は、心臓を落ち着かせるためにプロプラノロール〈注釈:日本での商品名はインデラールです〉のようなベータ・ブロッカーが使われることもあります。もっと重症の場合は、コーチゾン〈注釈:日本での商品名はプレドニゾロンで、副腎皮質ホルモンです〉の類が与えられます。時に、炎症のため一時的に甲状腺細胞が損なわれ、甲状腺機能低下症が生じることがあります。このようなことが起こった場合は、甲状腺機能低下症が自然に治るまで、一時的な甲状腺ホルモン補充のため、サイロキシンが処方されます。基本的には、炎症が治まるにつれて、甲状腺は正常で、健康な機能を取り戻します。

第2部

多くの場合、亜急性甲状腺炎は自然に治りますが、甲状腺の損傷のために、時に永久的な甲状腺機能低下症になることがあります。これは、生涯甲状腺ホルモン補充を必要とすることを意味します。

無痛性甲状腺炎

無痛性甲状腺炎は、その診断に慎重を要することからそのように名づけられました。痛みを伴わない経過をたどりますが、それ以外は亜急性甲状腺炎と同じです。

このタイプのものは、症状や炎症を示す徴候は外に出ませんが、それでも同じように甲状腺ホルモンが漏れ出すために、軽い甲状腺機能亢進症が起こります。目の合併症がこの病気で起こることはありません。このタイプの甲状腺炎は、ミニ橋本病のように、一次的な自己免疫疾患であるかもしれないと考えている人もおります。無痛性甲状腺炎に罹るのは大体女性で、産後に多く見られます。

この種の甲状腺炎は1970年代まで認識されておらず、それ以前はおそらく甲状腺機能亢進症のためにバセドウ病と間違われていたと思われます。繰り返しますが、この甲状腺炎は自然経過をたどって、甲状腺機能亢進症も完治します。診断の途中で、バセドウ病で検知される血液中の抗体がマイナスであるため、無痛性甲状腺炎に罹っている人は普通、放射性ヨード取り込み試験を受けることになります。その取り込み試験で、甲状腺機能亢進症の本当の原因が明らかになります。治療は普通、亜急性甲状腺炎に行うのとまったく同じで、まったく治療を必要としない場合もよくあります。そして、病気は自然に治ってしまいます。これは時に『自然に治る甲状腺炎』と呼ばれることがあります。

産後甲状腺炎

妊娠により誘発される免疫不全のため、妊娠中は自己免疫疾患に対して、きわめて無防備な状態にあります。妊娠中に何とか自己免疫疾患に罹らずにすんだ場合は、出産後に妊娠前の正常な“警戒状態”に戻る代りに、“超免疫”状態にまで戻ってしまうことが時々あり、このためより攻撃的な状態となり、正常な組織を攻撃するようになります。境界線上の甲状腺疾患に罹っている可能性がある一部の女性は、出産後に特に甲状腺のトラブルが起きやすいのです。このような場合、甲状腺の病気は大体、一過性のもので、一時的に甲状腺の炎症が起きます。

産後甲状腺炎は、一般的に出産後に起こる軽度の甲状腺機能亢進症を起こす無痛性甲状腺炎の範疇に入れられており、また軽度の甲状腺機能低下症を起こす一過性の橋本病タイプの甲状腺炎としても分類されています。ごく最近まで、軽度の甲状腺機能亢進症あるいは甲状腺機能低下症の症状は、単に女性が出産後に経験するホルモンの劇的変化によって起こると思われる産後うつ病または悪名高い“マターナルブルー(産後の鬱状態)”のせいだと思われていました。しかし、最近の研究で、全妊婦の10%もの人が一過性の(長く続かない)甲状腺の病気に罹り、その後軽度 の甲状腺機能亢進症または甲状腺機能低下症を起こしていることが示唆されています。この統計には妊娠中または産後にバセドウ病を起こしてくる多くの女性は入っておりません。

産後甲状腺炎はおそらく、妊娠中の自己免疫過程の進行〈注釈:これは抑制と考える方が良いと思います〉とそれが産後にリバウンドするために起こると思われます。
そのため、免疫系はこの時点で自己免疫疾患を非常に起こしやすい状態になります。
普通は、無痛性甲状腺炎または一過性の橋本病は2〜3週間しか続きません。症状が軽く、生まれたばかりの赤ちゃんの世話に伴い、疲れるのは自然なことなので、どこか悪いところがあることにさえ気づかない女性も多いのです。

産後甲状腺炎の診断

今日では、産後にマターナルブルーや産後うつ病、あるいは甲状腺疾患の症状を呈するすべての妊婦に対し、出産後に甲状腺の検査を行うのが北アメリカでは標準的な診療となっています。気分はどうであろうとも、出産した後、退院前に甲状腺機能検査を医師に行なってもらうのが好ましいのです。この簡単な血液検査で、甲状腺ホルモンの作り過ぎ、または不足のどちらであるかがわかります。甲状腺の検査が正常であるのに、まだうつ病や気が塞ぐような症状がある場合は、その症状の原因が身体的なものでないということができます。

これらの病気は自然に治ってしまいます。産後は一過性の橋本甲状腺炎が無痛性甲状腺炎より多いのが普通で、もっとひどい場合は、甲状腺機能低下症の症状を和らげるため、一時的にサイロキシン〈注釈:チラーヂンSのこと〉が投与されることがあります。しかし、このような甲状腺の急激な悪化を経験した女性は、妊娠するたびに同じ事が起こる傾向にあります。産後甲状腺炎になる女性は明らかに、甲状腺疾患に罹りやすく、この特定の領域が傷付きやすいようです。この病気をあらかじめスクリーニングする方法はないため、本当に予防する方法もありません。

産後甲状腺炎の治療

ほとんどの女性は甲状腺機能低下症の症状を経験します。このような場合、症状が薬が必要な程ひどくなければ、様子を見ることになるでしょう。薬は1種類で、ちっぽけな甲状腺ホルモン剤の錠剤です。これが正常な場合は体が作っている甲状腺ホルモンの代わりをしたり、補ったりします。

甲状腺機能亢進症の症状がひどい場合、プロピルチオウラシル(PTU〈注釈:日本ではプロパジール(チウラジール)〉という抗甲状腺剤の投与を受けると思われます〈注釈:ここの記載は間違いです。産後甲状腺炎は甲状腺では甲状腺ホルモンを作っていません。故に、甲状腺ホルモンを作るのを抑えるプロピルチオウラシル(PTU)は飲んでも意味がありません。この場合は、普通、ベータ・ブロッカーを使用します〉。この薬は、自然に治るまで甲状腺を静める役目をするものです。
甲状腺機能亢進症の治療については、《第2章》で述べております。

甲状腺ホルモン剤またはPTUのどちらを投与されていたとしても、授乳は安全に行うことができます。

ここ何年かの内に、甲状腺疾患や産後甲状腺炎についてもっといろいろなことを聞くようになるでしょう。ここに産後の女性が皆、答えを知っておいた方がよいと思われる2つの質問を挙げます。

質問

私は6ヶ月以上前に産後甲状腺炎の診断を受けましたが、甲状腺の状態がちっともよくならないように思われます。

回答

おそらく産後甲状腺炎ではなく、産後に甲状腺の病気を起こしたものと思われます。これはまさに産後に発病した甲状腺の病気が永久的なものであるということです。ほとんどの永久的な甲状腺疾患は、バセドウ病(甲状腺機能亢進症を起こします)または橋本病(甲状腺機能低下症を起こします)のどちらかの形をとりますが、これについては《第3章》で述べております。

質問

現在産後甲状腺疾患で治療を受けていますが、まだ極端な情動的症状に苦しんでいます。どうもこれは病気とは関係ないようなのですが。

回答

おそらくそうでしょう。産後甲状腺炎あるいは永久的な甲状腺疾患に罹っているからといって、マターナルブルーや産後うつ病、あるいはそれ以外のもっと長く続く精神病に罹らないというわけではないのです。内分泌病専門医に加え、精神科医の診察も受けた方がよいでしょう。

妊娠に関するもっと詳しい情報については、《第7章》をご覧になるか、私の著書である“妊娠が分かる本”をお読みください。

急性化膿性甲状腺炎

これは急性甲状腺炎としても知られています。急性化膿性甲状腺炎は希な病気ですが、普通この病気は子どもに見られるものです。化膿性という言葉は細菌が存在することを表わしています。ここでは、甲状腺が、せつ(ねぶと)を起こすのと同じ化膿性の細菌の感染を受けるのです。甲状腺は非常に痛みと炎症が強くなり、感染に伴う高熱と寒気が見られます。時には、膿がたまって、甲状腺の中に膿瘍ができることがあります。普通は甲状腺の圧痛がはっきりしているので、診断は簡単です。治療は抗生物質や切開、排膿などです。したがって、細菌感染のもとが喉から来たものだとしても、抗生物質によって治すことができます。

リーデル甲状腺炎

リーデル甲状腺炎は、いちばん希なタイプの甲状腺炎です。これは甲状腺組織がどういうわけか瘢痕性の組織と置き換わってしまうものです。甲状腺は触ると痛みがあり、ちょうど木のようにとても硬くなります。そこから木質性(“木のような”という意味です)または線維性(“瘢痕組織”という意味です)甲状腺炎という言葉がこの変った病気を言い表すのに使われるのです。甲状腺は上を被っている皮膚や首の深部組織とくっついているため、気道が狭くなったように感じたり、声帯も影響を受けることがありますが、息ができなくなることはありません。声がしゃがれてきたり、ものを飲み込むのが困難になることがあります。

この病気の診断では、正体を突き止めたり、がんと区別するために生検が行われることがあります。治療は普通、甲状腺の前の方を手術で取ってしまうしかありません。原因は不明ですが、幸いに今までにほとんど起こったことのないきわめて希な病気です。

甲状腺炎は命に関わるような病気ではなく、ただ炎症が起きて不快なだけです。
ある種のタイプのものは2ヶ月以内に見事に自然に治ってしまいます。時に、甲状腺炎に罹った人に、炎症のために生じた甲状腺腫が見られることがあります。あるいは、甲状腺細胞が永久的な損傷を受けたために、甲状腺機能低下症になることがあります。このようなことは通常起こりませんが、起こる場合もあります。そのようなケースでは、甲状腺機能低下症を和らげるため、サイロキシンが投与されます。甲状腺腫それ自体の治療に関しては、方法は様々です。甲状腺腫が自然でに消えてしまうこともありますし、サイロキシン〈注釈:日本ではチラージンS〉によって小さくなる場合もあります。

大体において、甲状腺炎は他の甲状腺の病気に比べて比較的軽いものです。次の2つの章で、もっとずっと深刻な病気のことを、甲状腺結節の診査《第5章》とがんの治療《第6章》を含めて述べることにします。

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