第1章:甲状腺との出会い

甲状腺の病気の診断を下されたばかりであっても、ずっと前に甲状腺の病気で治療を受けたか、あるいは甲状腺に問題がある疑いがある場合でも、まず甲状腺が体にどんなことをするのかを理解することが大切です。一般的に、甲状腺という言葉を聞いた時に目の前にぱっと浮かぶ種類の言葉は:太る、甲状腺腫、飛び出した目、代謝、ヨードというものです。この断片を如何にうまく大きな絵にはめ込むかということになると、それはなかなかやっかいなことです。

[図1]
図1
甲状腺はどこにあるのでしょう。<甲状腺疾患の防御より転載/著作権1994, Georg Thieme出版>

この章の目的は、このばらばらの断片をうまく合わせていくことです。ここでは甲状腺がどこにあるか、甲状腺の働きは何か、またどのように働くのかを説明します[図1][図2]。また、どのように甲状腺がうまく働かなくなる場合があるのか、それはどうしてかということを説明し、甲状腺についてあなたが聞いたことのあると思われる通説をいくつか挙げて、通説と事実の違いもはっきりさせます。最後に、この章で家族内の甲状腺疾患をたどる方法の概要をいくつか述べることにします。

この章は甲状腺についての一般的な手引きであるため、もっと詳しいことについては、この本の他の章へ読み進んでいくようにしてください。これは、診断や治療法の決定に十分に参加することができるよう、甲状腺について十分な情報を提供するという考えからであります。

甲状腺はどのように働くのか?

[図2]
図2
甲状腺は頭からつま先まで影響を与えます。<甲状腺疾患の防御より転載/著作権1994, Georg Thieme出版>

自分の体を小さな国と考えてみてください。それは自国の天然資源と国内生産物に頼って生活しています。また余った品物を輸出し、自分で使うためにかなりの量の資材を輸入しています。輸入するものは、食べ物や酸素のような自然の状態では体の中に存在しないものであり、輸出するのは蛋白質や脂肪、分泌物のような体が自然に作り出す余剰物になります。例えば、汗や尿、皮膚は毎日輸出されるものです。死んだ皮膚細胞を洗い流したり、鼻をかんだり、汗や尿を出すことで毎日、体の不要物を処分しています。最後に、国内製品はホルモンや白血球のように体が自然に作り出し、取っておくものすべてであります。

甲状腺は欠かすことのできない国内製品の生産者です。それは首の下の方の気管の前にあり、生産する製品は2種類の甲状腺ホルモンです。T4(ヨード原子が4個)として知られるサイロキシンとT3(ヨード原子が3個)として知られるトリヨードサイロニンです。甲状腺ホルモン(2種類のホルモンは単数で言い表します)は、分泌されて血液中に入り、体全体に広く行き渡るようになります。これは体の中の個々の細胞や組織すべての機能の基本的調節装置の一つです。そして、その安定供給が良好な健康状態を保つために欠かせません。

しかし、甲状腺は完全に自給自足ではありません。生産には一つの重要な物質を輸入する必要があります。ヨードです。甲状腺はある種の野菜や貝、乳製品(雌牛の乳房は大量のヨードで洗浄され、それが最終的にミルクの中に入ります)、そしてヨード化塩を使ったものなどを含む様々な食物からヨードを抽出します。普通の場合、私達は食餌から十分なヨードを摂取しています。

甲状腺はヨードにきわめて敏感です。甲状腺が十分な量のヨードを得られない時は、甲状腺腫または肥大した甲状腺と呼ばれるものが生じることがあります。甲状腺腫は甲状腺がヨードをたくさん吸収し過ぎたり、甲状腺ホルモンの生産量が少なすぎるか、あるいは多すぎる場合にも生じることがあります。ヨードの量が多すぎても少なすぎても同じ結果を生じることは奇妙に見えるかもしれませんが、それぞれの場合で甲状腺腫が生じる原因が違うのです。ヨードが少なすぎると甲状腺細胞の活動が増す場合があり、ヨードが多すぎると甲状腺が大きくなることがあります。

甲状腺腫ベルトとヨード欠乏症

甲状腺腫ベルトはファッションのアクセサリーではありません。甲状腺腫ベルトという言葉にはなじみがあるかもしれませんが、それはその住民が日常的にヨード不足になっている地域のことを言い表わす言葉です。例えば、5大湖地域はかつて甲状腺腫ベルトとみなされていました。しかし、世界の他の場所ではヨード欠乏の問題の解決からは程遠いのが現状です。実際に、10億人以上の人がヨード欠乏に関係した甲状腺の病気になる危険にさらされています。2億人の人が甲状腺腫に罹っている一方で、妊娠中や乳幼児期のヨード欠乏のため脳に損傷を受けた人が2千万人もおります。このような問題は食餌中にヨード化塩やヨード化油(一部の地域で提唱されています)を加えるだけのことで完全に予防できるので、非常に困ったことです。

最初の国際甲状腺腫会議が1929年にスイスのベルンで開かれ、アメリカ合衆国はヨード化塩を導入しました。すぐに他の国もこれにならい、ヨード欠乏症は世界のほとんどの地域でなくなりました。しかし、発展途上国では1985年に70カ国から参加した約400名のメンバーからなる甲状腺の専門家グループが、ヨード欠乏性疾患のコントロールのための国際協議会(ICCIDD)を設立するまで、ヨード欠乏症をなくす努力は大して行われていませんでした。

北アメリカでは新生児4,000人に1人くらいしか甲状腺機能低下症で生まれて来る子どもはおりませんが、ヨード欠乏地域では全新生児の10%が甲状腺機能低下症です。もっと悪いことに、このヨード欠乏集団の70%までが重篤な甲状腺機能低下症です。その結果、今ではヨード欠乏が予防できる精神薄弱の最大の原因であることが認識されています。ICCIDDは世界保健機構やユニセフと一緒に、アフリカやアジア、ラテンアメリカ、およびヨーロッパで2000年までにヨード欠乏症を根絶することを目標に、国営プログラムの作成を行なっています。ごく最近、製塩業界もこの戦いに加わりました。

現在行われているプロジェクトはヨーロッパ移動甲状腺キャンペーンで、オーストリアやベルギー、チェコ共和国、フランス、ドイツ、ハンガリー、イタリア、ルクセンブルグ、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、およびオランダに行きました。このバンには超音波検査と尿サンプル分析装置が備えられております。
このバンを走らせている会社が10分で結果が出るヨード欠乏症用の尿検査を開発し、検査を受けた人がヨード欠乏症であるかどうかその場でわかるようになっています。この原稿を書いている間、その移動甲状腺検査車は東南アジアへ行く予定です。

カルシトニンの役割

甲状腺はC細胞と呼ばれる甲状腺以外の細胞にも場所を分け与えており、その細胞はカルシトニンというホルモンを作ります。このホルモンはカルシウムの調節を助け、その結果骨粗鬆症を予防します。しかし、骨にとってはカルシトニンは“扁桃腺”のようなものです。有益な目的をもってはいるのですが、甲状腺がないため(手術で取ってしまったり、放射性ヨードで殲滅された場合)にホルモンが作られない場合でも、ちょうど扁桃腺をとっても別に“無くなったことに気付く”こともないように、何の影響も認めないでしょう。後で述べますが、本当にカルシウムレベルを調節しているのは副甲状腺であり、エストロゲンの方にずっと多く依存しています。これは骨を作り上げるカルシウムの吸収や食餌、運動を助けるものです。

カルシトニンは、希なタイプの甲状腺がんである髄様がん《第6章》のスクリーニングを受ける場合に、甲状腺のことを論ずる際にのみ重要になります。この種の甲状腺がんが生じた時、甲状腺はカルシトニンを過剰につくるようになり、それがこのタイプのがんの存在を知らせるマーカーとなります。髄様がんのため甲状腺が切除されてしまった場合、カルシトニンの分泌が続いていることで、甲状腺組織の切除が不十分であったことがわかります。

サイログロブリンの役割

これはハロウィーンのキャンディーみたいに聞こえますが、サイログロブリンは甲状腺細胞だけが作り出す特殊な蛋白質で、ほとんどは甲状腺ホルモンを作るために甲状腺自体が使います。カルシトニンのように、この物質は甲状腺がなくなってしまっても、体にはさほど重要なものではありません。なくなったことには気付かないでしょう。甲状腺の病気を治療した後にサイログロブリンが果たす唯一の役割は、甲状腺がんの再発のスクリーニングにおけるものです。どのようなタイプのがんであれ、甲状腺を取り除いた場合《第6章》、この蛋白質が作られることはもはやないことがお分かりになると思います。血液検査でサイログロブリンが現れたら、今“活動中”の甲状腺組織がいくらか残っており、それゆえがん性である可能性が高いことを示す徴候となります。しかし、甲状腺機能亢進症や機能低下症患者に対しては、サイログロブリンのスクリーニングは役に立ちません。

物事はうまくいかないこともある

他の製造者のように、甲状腺は特に需要と供給の法則に敏感です。どのようなものであれ、輸出する権限は全く与えられていないため、作り出したものをすべて使わなければならなくなります。そのため、生産過剰、または生産不足の結果に苦しむことになります。

例えば、甲状腺が甲状腺ホルモンを作り過ぎた場合、体の機能がスピードアップします。心拍は速くなり、いつも暑く感じ、下痢や体重減少があり、まためまいやふらつきを感じることがあります。ちょうど、甲状腺が体を犠牲にして費用を食い物にしているようなものです。これが甲状腺機能亢進症です(hyperとは“多すぎる”という意味です)が、また《第2章》でもっと詳しく説明することにします。

甲状腺が作るホルモンが少なすぎる場合、体は直ちに損失を被ります。ほとんどの体の機能はすぐに低下します。異常に遅い脈拍になったり、非常に疲れたように感じたり、またまったくエネルギーがなくなったように感じます。便秘になったり、少しむくんだりすることがあり、またいつも寒く感じたり、皮膚が乾いてしまうこともあります。これが甲状腺機能低下症です(hypoとは“少なすぎる”という意味です)が、これも《第2章》で詳しく説明します。

甲状腺はその独占的産物の正確な需要を満たすべく、多くの圧力を受けています。それが来るのは脳下垂体からです。脳下垂体はすべての体の機能と分泌を調整しています。脳下垂体(よく主内分泌腺と呼ばれます)は頭蓋の底部に位置しており、体の中でもっとも影響力の大きい内分泌腺であることは疑いありません。
甲状腺は直接ここに報告します。

脳下垂体は定期的に体内の血液中のT4とT3のストックのレベルを監視しています。ストックが少ない場合、甲状腺にTSH(甲状腺刺激ホルモン)という形で、メッセージを送り、もっと生産を上げるよう命じます。脳下垂体は、T4と/またはT3のレベルが低い時にTSHの分泌を増やします。ホルモンのレベルが適正であれば、TSHはごく少量しか作られません。ホルモンのレベルが高すぎる場合、脳下垂体はTSHの生産を完全にストップします。これは甲状腺に生産を止めるよう警告を出しているのですが、必ずしもうまくいきません。特に甲状腺が外部からの侵入あるいは攻撃を受けている時はそうです。

例えば、多結節性甲状腺腫で、これは甲状腺がでこぼこ、または瘤だらけになって大きくなるものですが、このような状況が起こります。ここで起こるのは、何らかの理由で、甲状腺にできた瘤や結節がありとあらゆる方法で甲状腺のふりをすることです。これらの結節は甲状腺に“なりたい”のです。甲状腺のすることを見ていて、その内にT3やT4の作り方も覚えてしまいます。これらの結節に脳下垂体はまったく気付かず、もちろんそのようなものが存在することすら知りません。脳下垂体はTSHの分泌を止め、甲状腺に生産を落とすように警告するのですが、T3とT4は物まね結節により、コントロールされないままの量でまだ生産されています。そしてシステムが壊れ、結局甲状腺機能亢進症になってしまいます。

これと同じ筋書きが、自己免疫あるいは自分を攻撃する病気であるバセドウ病に罹った場合に起こることがあります。これは《第3章》でもっと詳しく説明します。
ここでは、体は自分自身に襲い掛かります。バセドウ病では、体は自分の体の一部である甲状腺を攻撃します。免疫系がどこかおかしくなって、甲状腺を突然敵とみなすようになるのです。武装した抗体、これは甲状腺刺激抗体(TSA)と呼ばれるものですが、これが作り出されます。その後、TSAは特殊な探索-破壊任務に送り出され、あわれな甲状腺に奇襲をかけるのです。TSAは単に自分の仕事をしているだけです。その結果、甲状腺と脳下垂体の間の連絡が絶たれます。混乱してうろたえた甲状腺は、甲状腺ホルモンをでたらめなやり方で作るようになります。脳下垂体は、生産を低下させよという命令に甲状腺が従ったものと思い、あらためてTSHの分泌を止めます。しかし、甲状腺の工場はTSA軍の攻撃により、爆撃を受けており、そのことを読み取ることはありません。そして、繰り返しますが、最終的に甲状腺機能亢進症になるのです。

したがって、どのような抑制と均衡のシステムもそうであるように、かならず破れ目があるのです。甲状腺の制御ができなくなった時、外部からの介入なしには、体がそのような状況に対処する方法はありません。もしそのようなことができるのであれば、ただ余分な甲状腺ホルモンをすべて排出するだけですむのです。残念ながら、ことはそれほど簡単ではありません。結果的に、甲状腺ホルモンを作り過ぎても、作り方が足りなくても、構造的、機能的双方の損害を生じることになります。

バセドウ病は、機能的な面から見ることができる甲状腺疾患のよい例です。バセドウ病の初期段階では、甲状腺はおそらくわずかに大きくなるだけで、主治医は検知できないと思われます。医師にとっては、甲状腺はサイズも形も正常であるように見えますが、機能成績の範疇ではスコアが低くなっており、甲状腺ホルモンの作り過ぎがあり、それ自体が体をオーバーワークさせるようになっています。この場合の機能成績は血液検査で測定されます。

甲状腺腫は、組織の疾患の例です(甲状腺腫はバセドウ病またはそれ以外の甲状腺ホルモンの生産不足あるいは生産過剰を起こす病気によっても生じることがあります)。この場合、甲状腺は実際に目に付くほど大きくなり、医師は首に触るだけで何かがあることを確かめることができます。例えば、甲状腺腫が甲状腺の活動し過ぎによる副産物であれば、血液検査で甲状腺腫が大きくなり過ぎる前に甲状腺機能亢進症を確かめることができる場合があります。しかし多くの場合、医師が見逃せないほど甲状腺がはっきり大きくなるまで、甲状腺の活動し過ぎと診断されることはありません。

甲状腺は敵の乗っ取りにも弱いのです。理由はわからないことが普通ですが(一部のケースでは放射線被爆が原因です。これは《第5章》で述べます)、甲状腺の組織や細胞が変異を起こし、しこりの形で増殖を始めます。これらのしこりまたは“コールド”結節は、甲状腺ホルモンを生産するだけの知能を持たない原始的な細胞です。何の目的も方向性もなく、無秩序に増殖し、変異します(結節についての詳細は《第5章》で述べます)。

このようなコールド結節が生じると、甲状腺には直接危険は及びませんが、体が危険にさらされます。結節が現れると、増殖の速さが増し、体全体に広がることがあります。これが甲状腺がんとして知られているものです。これについては《第6章》で詳細にいたるまで説明します。皮肉なことに、甲状腺がんのある人は甲状腺の機能がまったく完全であることが普通です。甲状腺がんが見つかれば、普通、原始的な細胞が広がるのを防ぐため、甲状腺を手術で取り除くことが行われます。
しかし、多くの甲状腺がんは成長がきわめて遅く、他の場所に広がるまで数年かかることがあります。

先に述べた筋書きは、もっと普通に診断がつく甲状腺疾患の中に入ります。覚えて置くべき大事なことは、甲状腺の病気は非常に治療しやすいものであるということです。いちばん重い段階の病気でも、簡単に治療ができるか、あるいは元に戻すことができます(しかし、今日の医学の進んだ時代に、甲状腺疾患が重い段階まで進むことはまず有り得ないでしょう)。正常な甲状腺の機能のためには、如何にデリケートなバランスが必要かを理解すればするほど、ほんの些細なことでこのバランスが崩れるということがもっとよくわかってくるはずです。

副甲状腺について

誰でも少なくとも4個の副甲状腺があり、それが血液中のカルシウムレベル、またはカルシウムバランスをコントロールしています(中には4個以上ある人がいます)。副甲状腺は甲状腺の各葉の後ろにあります。副甲状腺ある場所を正確につかむいちばん簡単な方法として、まず大文字のHを想像してください。次にHの4隅にそれぞれ丸があると想像してください。このHが甲状腺とすれば、4隅にある丸が副甲状腺です。副甲状腺は、通常、甲状腺の病気の治療のために手術をする際にのみ、問題となります。甲状腺がんと診断されたり、あるいは甲状腺機能亢進症が原因でできた甲状腺腫が手におえないところまで大きくなった場合は、外科手術が必要になるのが普通です。

副甲状腺は甲状腺にきわめて近いところにあるため、手術による合併症は深刻なものになりえます。肝心なことは、甲状腺切除術(甲状腺を取り除く手術)、または甲状腺や、その周囲にできた良性あるいは悪性の新生物だけの除去を行う外科医は、副甲状腺に触れたり、切り離したりしないよう十分な注意を払わねばならないということです。良好に機能している副甲状腺が1個でもあれば、問題はありません。しかし、これらの小さな内分泌腺は甲状腺の手術中に一次的、あるいは永久的な損傷を受けやすいのです。

甲状腺の手術により、うっかりと副甲状腺が取り除かれたり、傷付けられたりした場合、血液中のカルシウムレベルは下がります。このことで、筋肉の痙縮や拘縮、発作または痙攣、そして白内障が起こることがあります。損傷が一次的なものであれば、カルシウムの注射と飲み薬が必要です。永久的な損傷の場合、生涯にわたってカルシウムだけでなく、カルシウムの吸収を助けるビタミンDを飲み続ける必要があり、また度々カルシウムレベルのチェックと検査をしてもらわなければなりません。

しかし、時に腫瘍が副甲状腺そのものに生じてくることがあります。このような腫瘍は甲状腺の後ろにあって、甲状腺には悪影響を及ぼさないのが普通ですが、このようなことが起きれば、副甲状腺腫瘍を手術で取ることが行われます。増殖物が良性(がん性ではない)であるか、悪性(がん性のもので希です)であるかにもよりますが、1個またはそれ以上の副甲状腺をとらなければならないことが時々あります。副甲状腺の腫瘍は希であり、統計学的に見て、子どもの頃に頚部にある種の放射線の照射を受けた患者に起こります《第5章》

甲状腺の言い伝え

甲状腺ホルモンは代謝全体に影響を与えるため、おそらく甲状腺に関するありとあらゆる種類のうわさや通説を様々な出所から聞いたことがあると思います。事実と作り話をはっきり分けることが大切です。甲状腺機能低下症は特に、これらの一部だけほんとの話しの元となることが多いようです。

体重をやたらに気にするこの時代にいちばん多い通説は、甲状腺の病気になると太るという通念です。これは本当ではありません。これは甲状腺が不活発になれば、もっと太りやすくなるだろうという一般的な憶測から生じたものです。事実は、あらゆる体格、体型、また体重の人が甲状腺機能低下症になりうるのです。
甲状腺機能低下症でやせている人もいますし、太っている人もいます。肥満は体が必要とする以上の食べ物を食べるために起こるもので、この理由は食習慣と心理的原因の方により関係が深いのが普通です。実際は、甲状腺機能低下症になれば、体の代謝速度が遅くなります。遅くなった代謝速度に合わせて食習慣を変えなければ、体重が増えるでしょう。ただ、この際に遭遇する問題は、北アメリカでは栄養のためというより、楽しみのために食べているため、摂取量の調節が困難であるということです。したがって、その結果体重が増えてしまうのです。

甲状腺機能低下症である場合、正常な甲状腺機能を持つ人であれば処理できるであろう量の食べ物を腹一杯詰め込む代わりに、もうお腹がすいていないと感じるまで食べてそこで止めるようにすることです。事実、甲状腺機能低下症と診断された際に、いきなり狂ったようにダイエットをして、食べ物を食べないようにしてしまうのは最悪です。これでは、物事を悪くするだけです。体に食べ物を与えなければ、体の方はもっと効率を上げて、機能するためにより少ない食べ物ですむようになってしまいます。これは、体が飢饉や飢餓から身を守るやり方なのです。食べないようにするダイエットは反対の結果になってしまいます。というのは、治療を受けて正常な甲状腺機能を取り戻した後では、甲状腺機能低下症になる前と同じ量の食べ物を食べて、実際に体重が増えることがあるからです。栄養士の中には、食べないダイエットによって起こる体重増加のことを“ヨーヨー症候群”と呼んでいる人もいます。甲状腺機能低下症の時の体重の管理では、摂取量をコントロールすることよりも、もっと食べ物に気を使うようにしなければなりません。

北アメリカでは、肥満は統計学的にありふれた状態と考えられていますが、甲状腺機能低下症はそうではありません。肥満者100人の内、甲状腺機能低下症の人は1人以下です。

太った子どももよく甲状腺機能低下症の検査をされますが、めったに低下症の子どもは見つかりません。食べ過ぎの子どもと甲状腺機能低下症の子どもの間には、はっきりした違いがあります。記録を見れば、食べ過ぎの子どもは背が高いのが普通ですが、甲状腺機能低下症の子どもは背が低く、また甲状腺腫を生じてくることがよくあります。

言い伝えのリストの上の方にあるもう一つの通説は、くたびれたり、疲労する場合、甲状腺に問題があるに違いないという考えです。これも本当ではありません。疲労は甲状腺機能低下症の多くの症状の中の一つであることがよくありますが、それ自体が甲状腺機能低下症の確実な徴候ではありません。疲労は、ストレス、ウィルス、年齢、そしてある種の活動などを含む数え切れないほど様々な原因によって起こると考えられています。

ここに、葬ってもよいと思われるよく知られた通説をいくつか挙げてみます。

通説:甲状腺ホルモンを飲むと妊娠しやすくなる。

事実:これは、甲状腺機能亢進症または甲状腺機能低下症が直接の原因で不妊症になっている場合にのみ本当です。女性の不妊の主な原因は、卵管閉塞のような構造的な問題です。一方、男性の不妊の主な原因もやはり構造的なもので、男性の生殖路内の閉塞によることが多いのです。男性、または女性のホルモン障害によって不妊になった場合、そのような障害のごく一部しか甲状腺の病気が原因のものはありません。それにもかかわらず、甲状腺の機能検査は体を傷つけることもなく、読み取りやすいため、なかなか妊娠しない場合は医師に検査をするよう頼んでもよいでしょう。不妊についてもっと詳しい情報が欲しい方は、私の書いた生殖のことがわかる本をお読みになり、また《第7章》もご覧ください。

通説:月経不順は甲状腺に病気があることを意味する。

事実:月経は間違いなく甲状腺機能亢進症、または甲状腺機能低下症により影響を受けることがありますが、量や周期の変化と共に他の症状(甲状腺機能亢進症か、機能低下症の症状のどちらか)を伴っていなければ、月経の乱れが間違いなく甲状腺に問題があることを指しているという可能性はありません。甲状腺機能低下症であれば、月経が長くなり、また量も多くなりがちです。甲状腺機能亢進症であれば、普通、ほんのちょっぴりしかないでしょう。しかし、甲状腺の異常を治せば、周期も量も正常に戻ります。まったく正常な甲状腺機能を持つ女性であっても、周期の不順や量の増減、またひどい月経痛を含む多くの月経の苦しみに耐えている場合もあります。月経異常の原因は実に様々で、ストレスや感染、妊娠初期(すなわち、妊娠しているという手がかりです)に関連していたり、あるいは更年期の徴候である可能性があります。月経周期が異常であることに気付いたら、婦人科の診察を受けてください。この問題については《第7章》でもっと詳しく述べます。

通説:背の低い人は皆、甲状腺に異常がある。

事実:甲状腺機能低下症が診断されないままであると、確かにクレチン病(不自然に背が低いまたは小人症)または子どもの成長障害が起こることがあります。この異常ははっきり目にみえるのが普通で、甲状腺腫のような他の症状を伴うことが多いのです。北アメリカでは、子どもの甲状腺機能低下症は必ずといってよい程早期に発見され、小児科医、または内分泌病専門医による甲状腺ホルモン剤の処方を通じて、治療と矯正がなされます。事実、アメリカ合衆国またはカナダで生まれたどの子どもも、法律によりルーチンにスクリーニングが行われています。しかし、子どもや10代の若者、また成人の背の高さは、普通、遺伝的形質です。平均より背の低い成人では、その背の低さをそのまま甲状腺の異常のせいにすることはできません。あらゆる種類のファクターが発育と背の高さに寄与しています。遺伝、環境、栄養、食餌、活動そして運動です。例えば、ミルクや野菜、またはその他の基本的に必要な食べ物が手に入らないところで育った人は、実際に平均より背が低いことがあります。未開発国からの移民や難民が、世界のもっと進んだ地域で子どもを持った場合、食餌や栄養がよくなるため、子どもの背が高くなることが多いのです。もっと詳しいことは《第9章》をご覧ください。

通説:知能が遅れている人には皆、甲状腺の病気がある。

事実:乳幼児期に甲状腺機能低下症がわからず、治されなかった場合、精神発達遅滞を起こすことがあります。実際に、新生児の甲状腺疾患のルーチンなスクリーニングが導入される前は、先天性甲状腺機能低下症が知恵遅れの主な原因とみなされていました(一部の国ではまだそうです)。しかし、過去15年間に先進国では、新生児すべてに甲状腺機能低下症のスクリーニングが行われております。
一般的に、あらゆる種類のファクターが精神発達遅滞を起こしうるのです。妊娠中に飲んだアルコールまたはある種の薬物、未熟児で生まれること、ウィルス、あるいは乳幼児期の高熱などです。リストに載る項目は増え続けています。
それでも、甲状腺に異常があるために知的障害者になると機械的に考えてしまうのは誤りです。知的障害のある成人の内、ほんの一部の人だけが、甲状腺の機能障害にその原因をたどることができるのです。そして、統計学的には、約4,000人の新生児に1人しか甲状腺機能低下症の子どもはおりません。もっと詳しいことは《第9章》をご覧ください。

通説:ケルプ(昆布)を食べると甲状腺の機能が改善される。

事実:ケルプ(昆布)はただの海草で、他の海産物のように高濃度のヨードを含んでいます。しかし、ケルプは甲状腺ホルモンの代わりではありませんし、代用としてとるべきではありません。ほとんどの食物に含まれているヨード化塩で、体に必要な量以上のヨードが得られます。ケルプをとることで、体に入るヨードが量が多すぎるようになります。そして、甲状腺機能検査を妨げるか、あるいは甲状腺機能低下症や甲状腺腫を引き起こすことがあります。《第13章》の栄養と甲状腺に関する詳しい情報をご覧ください。

家族内の甲状腺疾患のたどり方

時に、事実は小説より奇なりということがあります。例えば、失読症や若白髪、はげ、左利き、そして色素がまだら状に失われる皮膚病である白斑症(これがマイケルジャクソンの“漂白したような皮膚”の原因だと思われます)は統計学的に甲状腺疾患とつながりがあるのです。このような病気はすべて身体的には無害なものですが、これらの遺伝形質の存在が長期にわたる甲状腺疾患の家族歴があることを示している場合があります。この医療費がどんどん上がっていく時代では、家族の病歴を知ることで何百ドルもの費用が節約できることがよくあります。そうでなければ、診断用検査や治療、薬の処方などで何千ドルもかかるでしょう。

家族内の甲状腺疾患をたどることは、子どもを作る予定があるか、すでに子どもがいる場合にも大切なことです。妊娠しているか、妊娠しようと努力している場合、または妊娠できない場合は、主治医が家族の甲状腺疾患の病歴を知っていることが大事です。甲状腺の病気になりやすい傾向があれば、妊娠中にはさらに病気に罹りやすくなります。そして、先に述べたように、不妊の問題は時に、甲状腺疾患とつながっていることがあります(妊娠と甲状腺については《第7章》に詳しく述べてあります)。

すでに子どもがあり、家族に甲状腺の病歴があることを知っている人は、子どもが大きくなった時に事実に備えさせ(甲状腺疾患は女性の方に起こる頻度が高いので、娘には特にそうさせるようにします)、10代後半から成年期にかけて定期的に甲状腺ホルモンレベルの検査を受けさせるようすることができます。繰り返しますが、大事なことは不必要な医療費と特定の甲状腺疾患またはその関連疾患のどちらかの誤診から生じうる問題を避けることです。

統計学的に、失読症は家族の誰かが甲状腺機能低下症や甲状腺機能亢進症、あるいは橋本病《第3章》の診断を受けたところで、正常な甲状腺機能の家族歴があるところよりも発生する頻度が高いのです。それでも、失読症それ自体が甲状腺の病気で引き起こされるものではないことを頭に入れておくことが大切です。
普通、甲状腺疾患は家族の中の女性が罹りますが、失読症は男性が罹ります。
失読症は矯正でき、数多くの特徴を持つ学習障害です。身体的または言葉の発達の遅れ、つづりや字を書くことがへた、どもり、右と左の混同、そして鏡文字などです。失読症の子どもは、読むことに困難を覚え、学問的な分野では成績が悪いことがありますが、普通は非常に頭がよく、体操や美術、音楽に天才的な才能があることが多いのです。失読症の子ども、または成人は、左利き、あるいは両手利きのことがよくあります。

家族の中に、失読症の症候を示す子どもがおり、家族に甲状腺疾患の病歴がある場合、子どもの学校に、学習障害専門のカウンセラーを置くことを提唱してみてはどうでしょうか。甲状腺疾患の家族歴がある家系の出であり、子どもの頃同じような困難があった人、またはいまだに右と左を混同したり、鏡文字を書いたりする人は、おそらく“診断されていない”失読症であると思われます。いずれにせよ、失読症は身体的に不健全な状態ではなく、適切な指導で治療できるものです。

若白髪(30歳以前)になることは、些細な家族の特徴のように見えます。しかし、若白髪は甲状腺機能が正常な人より、甲状腺疾患のある人にはるかに多く起こるというのは、統計学的事実なのです。したがって、家族内の若白髪の遺伝パターンを追跡することにより、遺伝する甲状腺疾患をも追跡することができます。まだら状のはげも家族内に伝わることのある甲状腺疾患のもう一つの手がかりとなります。

では、ここでどのように役に立つかを述べてみます。例えば、あなたとあなたの母親、祖母、および曾祖母が皆25歳までに若白髪になったとすると、あなたはおそらく甲状腺の病気が同じように伝わっているという疑いをもつでしょう。そして、主治医に警告して、甲状腺ホルモンのレベルをもっと定期的にチェックするよう頼むことができるでしょう。そのようにすれば、あなたに実際に甲状腺の病気が出たとしても、誤診されたり、診断が遅れる可能性を避けることになるでしょう。

1992年に行われたある研究では、調査したバセドウ病患者の70%が左利きまたは両手利きのどちらかであるということがわかりました。そのため、家族内に左利きまたは両手利きの人が何人かいる場合、それはバセドウ病の大きな影が迫っていることを示す大きな手がかりであるかもしれません。

白斑症に関しては、これも色素がなくなった斑(白またはピンクがかった斑)が手や腕、首および顔に出るのが特徴の無害な病気ですが、これが家族内に伝わっている場合は、甲状腺の病気に罹りやすいことを医師に警告してください。白斑症に対する効果的な治療法はそれほどたくさんありませんが、皮膚科のクリームの中にいくつか色素の喪失を遅らせるものがあるようです。白斑のある人は必ず皮膚科医の治療を受けるべきです。クリームや薬で状態がよくならない場合、皮膚の色調を揃え、この病気を隠すことができる低アレルギー性のメークアップベースがいくつかあります。

甲状腺の病気になりやすい傾向を追跡するもう一つの方法は、家族の中に他の形の自己免疫疾患がいくつあるかを調べることです。紅斑性狼瘡や慢性関節リューマチ、また糖尿病(これらについては《第2章》で述べます)のような他の自己免疫疾患のある人は、明らかに自己免疫性の甲状腺疾患を起こしてくる可能性が最大で10倍高くなっています。

自己免疫疾患もまた、男性より女性が少なくとも5倍罹りやすいのです。その一方で、自己免疫疾患の多くは家族内に伝わります。

知識は力です。これが患者が自分の運命をコントロールするのに無力だと感じることが多く、医師に頼るようになる理由です。しかし、患者と医師の役割は急速に変りつつあります。私達は、健康や医学についての知識のほとんどを他の情報源-テレビ、ビデオ、映画、雑誌、そしてインターネットから得られる情報時代に生きています。自分の家族歴を知ることが、患者がより多くの権利を持つようになるための最初のステップです。そして、そのことによって自分自身の健康管理に積極的に参加できるようになります。第2のステップは、様々な家族の病気がどのようにあなたやあなたの子どもに影響するかを理解することです。

甲状腺疾患があなたの家族の遺産の一部であるか、またはあなたが甲状腺の病気に罹っているのであれば、自分自身の病気について理解を深めることで、ストレスや憂うつな思いは相当に緩和されるはずです。ほとんどの甲状腺疾患には一つ以上の治療法が使えるますし、どの方法がいちばんよいのかを自分で決める権利があります。結局は自分の体なのです(もっとうまく医師と付き合う方法についての詳しい情報は《第10章》をご覧ください)。

最後に、ほとんどの甲状腺の機能障害のケースでは、自分の手におえない理由でそうなることを理解しておくのが大切です。低ヨードまたは高ヨード食が甲状腺の病気の引き金になることはありますが、このようなことは北アメリカでは希です。ほとんどの場合、甲状腺疾患を起こす引き金となったり、あるいは発病を予防したりする特別な食餌や物質、または活動はありません。ほとんどの甲状腺疾患は遺伝的素質のため、あるいはストレスをきっかけとして発病します。健康的なライフスタイルは常に病気予防のファクターですが、健康で、活動的な人でも、それほど丈夫でない人と同じくらい簡単に甲状腺の病気になります。大事なことは、病気が起こってしまったら、それをよく理解して、できるだけ早くコントロールしてしまうことです。

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