第17章:将来の甲状腺研究の方向

過去30年ばかりの間に、甲状腺についての研究は大きな進歩を遂げました。しかし、それでもまだ、甲状腺ホルモンがどのように働くのか、あるいは甲状腺はなぜ機能不全に罹りやすいのかがわかるまでには、まだまだ遠い道のりです。この最後の章では、甲状腺の分野での最新の研究を簡単に見てみることにします。

甲状腺ホルモンの作用

甲状腺ホルモンの作用について話す場合は、甲状腺ホルモンが体に及ぼす効果についてのことです。現在のところ、これらのホルモンのほとんどは、直接細胞の核に行くことによってその効果を及ぼすと信じられています。核の中で、ホルモンは非常に特異的なレセプターと結びつきます。ある組織にはたくさんの甲状腺ホルモンレセプターがありますが、その他の組織にはほとんどないか、まったく存在しません。組織が甲状腺ホルモンに反応する程度は、少なくとも細胞の中にいくつレセプターがあるかによって一部は決まるのです。例えば、心臓には甲状腺ホルモンのレセプターがたくさんあり、甲状腺ホルモンにきわめて敏感です。脾臓や生殖器には甲状腺ホルモンのレセプターはあまり多くなく、甲状腺の状態には比較的鈍感です。

しかし、甲状腺ホルモンとその核レセプター間の相互作用がどのようにして器官の機能を変えるのでしょうか?これは非常に重要な疑問であり、研究者が一生懸命答えを捜しているところです。最近では、ほとんどの研究者が甲状腺ホルモン/レセプターの複合体が、指定された組織の蛋白質を符号化した私達の遺伝物質(DNA)の一部をなす特定の遺伝子に行き、遺伝子のスイッチを入れたり切ったりすると信じています。このようにして、甲状腺ホルモンは組織内で遺伝子の活動を変化させることにより、指定された組織の機能に直接影響を与えることができます。
実際には、分子レベルでどのようにこれが起こるかということはまだ完全にわかっていません。しかし、この発見がどれ程重要かということを考えてみてください。遺伝子のコントロール方法がわかれば、ある種の病気に対処するため、ある遺伝子のセットを活性化させることができるようになるかもしれません。例えば、心不全は命にかかわる病気ですが、治療法はわかっていません。もし、心臓の遺伝子を心筋が成長したり、あるいはもっと強く収縮するように変えることができるとしたらどうでしょう。これは人間にとって歴史的な意義のある利益をもたらすことになります。

自己免疫─なぜ甲状腺が病気になるのでしょうか?

甲状腺疾患の症状については、多くの事実がわかっていますが、その原因となるとほとんどわかっていないのが実状です。例えば、女性は男性の4倍から8倍甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症になりやすいのですが、なぜでしょう。正直に言って、手がかりさえもつかめていません。これらの同じ甲状腺疾患が家族に伝わる傾向があり、遺伝的ファクターがあることがうかがえます。事実、ほとんどの研究者は、遺伝が甲状腺疾患の原因としてもっとも重要なファクターであると信じています。以前の章をもう一度見てみますと、体が甲状腺のような自分自身の自然の組織に対し免疫反応を起こすようになると自己免疫が生じます。この結果、T細胞と抗体が直接甲状腺細胞を攻撃するようになります。なぜこのようなことが起きるのでしょうか。一部の研究者は、甲状腺の機能に重要な遺伝子内に突然変異(遺伝子内のわずかな変化)が起こると信じています。この変異を起こした遺伝子が変異によってわずかに変化した甲状腺タンパクが作り出され、体の免疫調査システムによって外部のまたは変性した蛋白質であると認識されるのです《第13章》。体の免疫系が蛋白質の構造内にこの種の異常を見た場合、この突然変異を異物をみなし、それに対する免疫反応を開始します。甲状腺に対するT細胞と抗体がこうして形成され、甲状腺を攻撃して甲状腺の機能不全、あるいは破壊するかのどちらかが起こります。

では、研究者は何をしているのでしょうか。甲状腺にとって重要な蛋白質の変化や突然変異を丹念に捜しています。これは、これらの蛋白質を符号化した遺伝子をまず分離し、その後突然変異を捜す方法で行われます。このアプローチの可能性を想像してみてください。もし、突然変異が見つかれば、直接の利益として非常に重要なのは、同じ突然変異が他の家族に存在するかどうかを知ることができるということです。例えば、甲状腺機能亢進症、あるいは甲状腺機能低下症につながるような突然変異が見つかった場合は、家族全員のスクリーニングができるでしょう。赤ちゃんが生まれた時に、誰にリスクがあり、誰がそうでないか検査によってわかります。次のステップは突然変異の修正の導入です。これができれば病気の発病を予防することができるかもしれません。まるで魔法のようですが、生物医学研究に十分な資金的裏付けがあれば、すでに手の届きそうなところまで来ているのです。

甲状腺腫瘍

以前の章で述べたように、甲状腺腫瘍(ほとんどは良性です)は人口の50%に発生します。そして、臨床的に重要である点まで発育する確率は10分の1です。なぜ、これらの腫瘍がこれほど多く発生するのかわかっていません。一つの理論として、甲状腺自体がTSHのコントロールを超えて、自律的に結節を成長させるような物質を産生するというものがあります。これらの物質とは何でしょうか。一部の研究者はこれを腫瘍遺伝子または腫瘍形成促進因子と呼んでいます。甲状腺腫瘍の発症において、これらのファクターが非常に重要なものである可能性を示唆するきわめて重要な一連の研究があります。このトリックは、腫瘍遺伝子を見つけることと、どうやってその発現をコントロールするかを知ることです。今日まで、はっきりした答えは出ておらず、したがって甲状腺結節や甲状腺がんの予防はまだできません。しかし、ヒントはあります。乳頭がんや髄様がんに関係のある新しい腫瘍遺伝子が最近発見されたのです。さらに、良性の“ホット”な結節であっても、成長促進因子の変化を伴うことがあるということもわかりました。したがって、あと数年の内に医学生物学的研究により、甲状腺がんの発症を取り巻くなぞのいくつかが解明される可能性があり、それによって予防や治療に影響が及ぶかもしれません。

甲状腺ホルモンと脳

脳は、甲状腺ホルモンの作用にとってもっとも重要なターゲットの一つです。甲状腺ホルモンは思考や計算能力に影響を与えますし、情動反応を生じさせます。
また、ある種の精神病は甲状腺の機能不全に関係があります。この分野の研究は現在のところ胚の段階にあります。脳のどの機能が甲状腺ホルモンによってコントロールされているのかまだはっきりしていません。もっと大切なのは、どの脳特異性タンパクを研究すればよいのかがまだはっきりわかっていないのです。そのため、どの遺伝子にいちばん多くの情報があるのかがまったくわかりません。
それでも、もう一度想像力を働かせてください。集中力や記憶機能、あるいはうつ病に直接つながる遺伝子をコントロールしたり、刺激したりできる可能性が考えられます。おそらく、今後10年の内に、甲状腺ホルモンが脳にどのようにして影響を与えるかについて、医師は大きく新しい進歩を遂げるでしょう。そして、これらの発見により、うつ病やその他の認知障害に対する新しい治療法への道が開けることと思います。

甲状腺がん

甲状腺がん患者にとって密接な非常に直接的な利益がもたらされました。今まで、がんの再発を捜すための放射性ヨードスキャンを行う2週間から6週間前に、甲状腺ホルモン剤を中止しなければなりません。このため、甲状腺機能低下症によるだるさや疲れを感じることが多いのです。遺伝子工学により、新しいヒトTSH分子が開発され、それによって医師は甲状腺ホルモン剤を1日たりとも中止せずに再発の検査のためのスキャンを行うことができるようになりました。この新しい遺伝子工学により作り出された分子は、甲状腺がん患者への使用が認可されるのも間近になっています。これにより、がん再発の検査が非常に簡単になります。
これらは、今日行われている甲状腺研究の新しい方向を示すほんの2〜3の例にすぎません。甲状腺が私達の体に与える影響や、甲状腺疾患の発症の引き金がどのようにひかれるかなどについて、もっといろいろなことがわかるにつれ、もっとわくわくするような発見を分かち合える日が近い将来くるのを楽しみにしております。

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