第13章:妊娠中と産後の甲状腺の病気

私は、5例で心臓と甲状腺の肥大が同時に起こっているのを見た。最初のケースは、1786年8月初めに診た、37歳の既婚女性、グレースBのものであった。彼女は産後約3ヶ月で、子どもを授乳している間に首の右側にクルミ大のしこりができた。これは大きくなり続けて、首の両側を占めるまでになった。腫れた部分は甲状腺のところであった。目は眼窩から突き出し、その顔つきは狼狽と苦悩を表わしていた。

Calb Hiller Parryの未発表医学論文集から
ロンドン: アンダーウッド1825; 2: 111

妊娠中の甲状腺

妊娠している場合、妊娠のために体に変化が起こるので、甲状腺にも何か起こっているかどうかあなた自身にも、また医師にもわかりにくいことがあります。例えば、甲状腺が活発すぎる場合、神経質になったり、ひどく暑く感じたり、震えたりのぼせることがありますが、このどれもが健康な甲状腺を持ち、正常な妊娠経過にある女性に起こりうることなのです。さらに、医師は赤ちゃんがお腹にいるということを考慮しなくてはならないため、甲状腺の検査や治療は妊娠していない場合とは異なってきます。このような困難はありますが、妊娠中に甲状腺の病気になっても、正しく診断し、うまく治療することができます。

妊娠中は、血液中の女性ホルモンの量が増え、血液中の甲状腺ホルモンのレベルを上昇させます。しかし、甲状腺ホルモンの総量が増えても、余分な甲状腺ホルモンはほとんどすべて、血液中のある蛋白質と結合して不活性な状態にあり、そのためあなた自身や胎児に影響することはありません。最近の研究では、妊娠の最初の3ヶ月に、遊離または活性甲状腺ホルモンがわずかに増加し、最後の3ヶ月ではわずかに減少することが示されていますが、このわずかな変化が正常な母親や胎児にリスクを生じるという証拠はありません。

妊娠初期の軽度の甲状腺機能亢進症は、ヒト絨毛性ゴナドトロピン、またはHCGとして知られる胎盤ホルモンレベルの増加によるもので、このために甲状腺ホルモンの産生が増加するのです。このホルモンこそが医師が測定して妊娠の診断に使うものです。これらの変化により、甲状腺がわずかに大きくなりますが、甲状腺の発育をさらに促すような食餌性ヨード欠乏地域に住んでいる女性でない限り、正常な女性で目立つほど大きくなることはめったにありません。したがって、食餌中に十分なヨードが含まれているアメリカやカナダに住んでいる人で、妊娠中に甲状腺腫が生じた場合、甲状腺に病気がある可能性が高いのです。そのような場合、おそらく産科医は甲状腺の検査を行うようにするでしょう。または、その代わりに甲状腺の診察のため専門家を紹介される場合もあります。

妊娠中の活発すぎる甲状腺

甲状腺機能亢進症は、約妊婦500人に1人の割合でしか起こりません。甲状腺機能亢進症の女性は正常な性周期を持っていないことが多く、したがって妊娠したり、正常な妊娠を継続することが難しくなります。しかし、甲状腺が活動し過ぎであり、なおかつ妊娠期間中を通じて明らかに活動し過ぎのままである場合、お腹の赤ちゃんだけでなく、あなた自身の健康上のリスクが大きくなります。心拍の問題や心不全などの心臓の合併症が起きることもあり、赤ちゃんは甲状腺が正常な場合に比べ、未熟児であったり、小さくなる可能性が高くなります。その一方で、甲状腺がわずかに活動し過ぎである場合、または妊娠中にきちんとコントロールされているのであれば、あったとしてもあなた自身のリスクや赤ちゃんへの危険性が増すことはありません。

妊娠中は、甲状腺機能亢進症がなかなかわからないことがあります。これはその症状の多くが正常な妊娠でも起こるものだからです。妊娠した女性は脈が速くなったり、神経質になったり、暑さに耐えられなかったり、顔が火照る、汗をかく量が増えるなどのことを普通に経験します。したがって、甲状腺機能亢進症が健康な妊娠の“正常な”徴候がちょっとひどく現れたに過ぎないように見えることがあります。それでも、普通、甲状腺が活動し過ぎであることを示す徴候は他にもあります。心拍は特に速くなることがあります。1分間に120以上。また、急速にカロリーが消費されるために体重が増えなかったり、体重が減ることさえあります。著しい筋肉の弱りを経験したり、瞼が上がって目が大きくなったように見えることがあります。さらには、甲状腺の活動が活発になるにつれ、甲状腺が大きくなってくることがあります。

産科医が甲状腺機能亢進症があることを疑った場合、普通は簡単な血液検査でわかります。この場合、甲状腺刺激ホルモン(TSH)は減少または検知レベル以下にまで下がっており、活性(遊離)甲状腺ホルモンのレベルの上昇が見られます。妊娠中は甲状腺機能亢進症のもっと詳しい検査のために放射性ヨードを使うことはできません。これは、放射性ヨードが胎盤を通って赤ちゃんに行き、赤ちゃんの甲状腺組織を損なうことがあるからです。診断がはっきりしない場合、産科医は単に様子を見て、数週間後にもう一度血液検査を繰り返すでしょう。軽度の甲状腺機能亢進症であれば、あなたにもお腹の赤ちゃんにも重大な危険が及ぶことはないと思われるからです。

甲状腺機能亢進症の治療には2種類の抗甲状腺剤が使われると思われます。プロピルチオウラシル(PTU〈注釈:日本ではプロパジールまたはチウラジール〉)とメチマゾール(タパゾール〈注釈:日本ではメルカゾール〉)です。どちらも甲状腺の甲状腺ホルモン産生をブロックします。ほとんどの医師は妊娠中にはPTUを使う方を好みます。これはメチマゾールに比べ、PTUの方が胎盤を通過して胎児に行く量がはるかに少ないため、妊娠中に胎児が甲状腺機能低下症になったり、甲状腺腫を生じたりする確率が少ないからです〈注釈:実際の研究では、胎児甲状腺機能を抑制する作用は、メルカゾールとプロパジール(チウラジール)で差はない(胎盤通過性は、単回のみの投与の場合に限りプロパジール(チウラジール)の方が小〉。どちらの薬も胎盤を通じ赤ちゃんの血液中に入るため、赤ちゃんの甲状腺機能に影響を与える可能性があります。したがって、治療に使う薬の量は最小限に留めなければなりません。最初に母親の甲状腺機能亢進症を抑えるに足る量の薬を与えなければなりません。ただし、うまくコントロールできたら直ちに、母親の健康状態を維持し、なおかつ胎児への薬の影響が最小限となるようできる限り投与量を少なくします。臨床では、1日あたりの総投与量がPTUで200mg以下、メチマゾールで20mg以下であることが普通です〈注釈:胎児の甲状腺が働き出すのは、13週からなので、それまでは抗甲状腺剤は普通通り使用してもかまわない〉。それでも、甲状腺機能亢進症が軽くなってくることの多い妊娠後期にはさらに薬の量を減らすことが可能です。

PTUまたはメチマゾールを飲んでいる患者の中には、これらの薬にアレルギーになり、皮膚の発疹やかゆみ、あるいは蕁麻疹を生じる人もいます。もっとまれですが、感染をコントロールするある種の白血球(好中球)の危険な減少を起こすことがあります。したがって、これらの薬の一つを飲んでいて、発疹やかゆみ、蕁麻疹あるいは感染の証拠(発熱や喉の痛みなど)が生じたら、直ちに薬を止め、医師に連絡しなければなりません。熱があったり、喉が痛い場合は、感染が白血球数の低下によるものでないことを確認するため、血液検査を受ける必要があります。好中球数が正常で、薬のアレルギーの証拠がなければ、医師はおそらく感染症の治療を続けながらでも、抗甲状腺剤の投薬を再開するでしょう。反対に、好中球数が低いか、他に薬のアレルギーがある証拠を医師が見出した場合、別の形の甲状腺機能亢進症の治療を選択しなければなりません。

プロプラノロール(インデラール)や他のいわゆるベータ遮断剤は、体への甲状腺ホルモンの作用を遮断するものですが、甲状腺機能亢進症の症状をコントロールしやすくするために、妊娠中短期間使われることがあります。これらの薬は、速い脈拍を遅くしたり、神経過敏状態や不安などを減少させるのにきわめて効果的です。しかし、残念ながらその副作用のため、妊娠中に長期間使うことは避けています。プロプラノロールおよび同様な薬は、胎児の成長と発達を遅らせることがあります。さらに、一部の医学報告で、これらの薬のどれかを妊娠の終わり頃に飲んでいると、赤ちゃんが呼吸困難や徐脈、および低血糖で生まれてくる可能性があることが示唆されています。これらの理由から、私共医師はプロプラノロールやその他のベータ遮断剤は妊娠初期にごく短期間だけ、それも甲状腺機能亢進症がひどい場合にのみ使うようにしています。

一部の例では、妊娠した時に医師が甲状腺機能亢進症の治療法として、甲状腺を手術で取ってしまうことを勧めるでしょう。そうであれば、手術は妊娠3ヶ月以降まで延期されるのが普通です。これは妊娠初期の手術はどのようなものであれ、流産のリスクをわずかに増加させるからです。普通は、手術を行う前に活動し過ぎの甲状腺をコントロールするため、抗甲状腺剤で数週間治療するか、数日間ベータ遮断剤のプロプラノロールを与える治療が行われます。通常の場合は処方されるであろうヨードは、妊婦の甲状腺の手術の準備には使われないのが普通です。これは、ヨードが赤ちゃんの甲状腺にも影響するからです〈注釈:最近の研究では、妊娠中でもヨードは使用できることがわかった〉。同じように、放射性ヨードは、胎盤を通って赤ちゃんの甲状腺を損なうので、妊娠中に使うことはできません。

あなたが妊娠中に甲状腺機能亢進症であった(あるいはそれ以前に甲状腺機能亢進症に罹ったことがある)場合は、医師が赤ちゃんに新生児甲状腺機能亢進症の検査を行うことになります。この病気は、あなた自身に甲状腺の活動し過ぎを起こした甲状腺刺激抗体が胎盤を通って赤ちゃんに行き、その量が赤ちゃんの甲状腺を刺激して活動し過ぎを起こす程多い場合に起こると思われます。幸いに、この病気は希で、甲状腺機能亢進症の母親から生まれた赤ちゃん70人に1人の割合でしか生じません。もし、そのような病気が見つかっても普通は軽くて治療の必要はなく、数週間で自然に消退します。しかし、重篤な場合は甲状腺の肥大が起きたり、乳児は著しい過敏性や非常に速い心拍を伴って具合が悪くなり、生後何週間かの間発育が妨げられることがあります。そのような場合は、症状が引くまで薬で甲状腺の活動し過ぎをコントロールすることができます《第12章》
妊娠中に抗甲状腺剤を飲んでいた場合、医師は赤ちゃんに甲状腺が不活発になっている(甲状腺機能低下症)証拠や甲状腺の肥大(甲状腺腫)がないかということも調べます。もし、どちらかの状態であり、それがあなたが飲んだ薬が原因であれば、その問題は赤ちゃんの体から薬がなくなるにつれ急速に消えてしまうので、治療の必要はないのが普通です。

その一方で、赤ちゃん5,000人に1人の割合で、赤ちゃん自身に甲状腺の病気があって甲状腺機能低下症で生まれてくる子がいますが、これは自然によくなることはなく、そのためできるだけ早く見つけて治療しなければなりません。幸いに、今我が国ではすべての新生児に対して甲状腺の検査が行われており、これらの病気はほぼ全部発見され、永久的な障害が起こる前に治療されています。

あなたが妊娠中に甲状腺機能亢進症であった場合、出産後何週間かは甲状腺の状態を注意深く監視してもらう必要があります。出産後に甲状腺の活動し過ぎの状態が徐々に強くなって行く場合があるからです。そのような場合で、赤ちゃんに母乳を飲ませているのであれば、医師はいちばんよい甲状腺の治療の続け方を決めるにあたって、赤ちゃんのことも考慮しなくてはならないのです。普通は、母乳を与えているのであればPTUやメチマゾールのような抗甲状腺剤は飲まないように言われます。どちらの薬も母乳中に出るため、赤ちゃんがそれを摂取すると乳児の甲状腺の働きを妨げる可能性があるからです。しかし、これらの薬が母乳中に現れる量はごくわずかで、おそらく子どもにはほとんどリスクはないと思われます。これはPTUではまったくそのとおりです。そのため、薬を飲みながら授乳をしたいという強い要求があれば、そのようにしてよいのです。ただし、乳児の甲状腺ホルモンレベルと白血球数を細かく監視していくことが絶対に必要です。
授乳中に放射性ヨードによる治療を受けないようにすることも非常に大事なことです。これはそのような場合、放射性ヨードの一部が母乳を通じて赤ちゃんに行くためです。このような形で赤ちゃんが受け取った放射性ヨードの量でも、赤ちゃんの甲状腺を損なう可能性があるので、授乳中であり、なおかつ放射性ヨードで活動し過ぎの甲状腺をコントロールしなければならない場合は、医師が治療前と母乳中から放射能が消えるまで、母乳を与えるのを止めるように言うはずです。これは何週間もかかることがあり、母乳を与えるのも同時に止めることになる可能性があります。

妊娠中の不活発な甲状腺

医師が甲状腺の活動が不活発であると疑った場合、血液中の甲状腺ホルモンレベルだけでなく、血液中の甲状腺刺激ホルモン(TSH)のレベルも測定することになります。妊娠中は性ホルモンのレベルの上昇が甲状腺ホルモンレベルの上昇を起こすため、不活発な甲状腺を持つ妊婦で、血液中の甲状腺ホルモンレベルが正常であると思われることが起こる可能性があります。そのため、甲状腺の機能不全を見つけそこなったり、発見が遅れることが起こり得ます。ただし、総甲状腺ホルモンレベルは正常でも、“遊離”または“非結合”甲状腺ホルモン〈注釈:FT4とFT3〉のレベルは正常以下になっています(この点に関しては《第1章》に詳しく述べてありますので参照してください)。幸いに、TSHレベルの上昇が不活発な甲状腺を示すいちばん信頼性の高い指標です。

妊娠中に甲状腺機能低下症が見つかった場合は、合併症が起こるのを避けるため直ちに甲状腺ホルモンで治療を行う必要があります。まれですが、これらの合併症には流産や高血圧、出産後の出血、および出産後の赤ちゃんの発育異常などがあります。

妊娠する前に甲状腺機能低下症の診断を受けている場合、妊娠中は甲状腺ホルモンの量を増やす必要があるかもしれないことを知っておかなければなりません。必要な甲状腺ホルモンの量が増え続ける場合があるため、妊娠中は定期的に血液検査を受けて、薬の量が適切であるか調べてもらう必要があります。出産後は、甲状腺ホルモンの処方量をもとの量か、それにに近いところまで減らすようにしなければなりません。

最近まで、医師は妊娠初期に甲状腺機能低下症であった母親から生まれた子どもは、知能が低くなる危険性が高いと信じていました。しかし、もっと新しい研究では、たくさんのそのような子どもが正常な知能を持つことが見出されています。甲状腺機能低下症がひどければ、おそらく合併症が起こる可能性は高くなると思われます。したがって、軽い甲状腺機能低下症であっても、そのような問題が起こる可能性を最小限に抑えるため、医師は病気が見つかると直ちに治療するべきです。遊離T4とTSHの測定を頻繁に行うことで、医師は甲状腺ホルモンの量が適切になった時を知ることができるのです。

妊娠中の甲状腺結節

妊娠中に存在する甲状腺のしこり、または結節は特別に問題となります。というのも、その機能を調べる方法として放射性ヨードスキャンが使えないからです。
そのようなスキャンニングに使われる放射性ヨードは、たとえ放射性ヨードの量が少なくても胎児の甲状腺を損なう恐れがあります。実際は、赤ちゃんの甲状腺は妊娠第10週くらいまではヨードを取り込みませんが、どのような形であれ、胎児の放射線被爆はできる限り避けるようにしなくてはなりません。

妊娠中に甲状腺結節が生じた場合、結節が生じた理由やあなた自身、または子どもに危険がおよぶことがないかどうかを知るための他の検査を行うことができます。血液検査では、結節が甲状腺の活動し過ぎあるいは不活発のようなより一般的な病気に関連があるのかどうかをうかがうことができます。甲状腺の超音波検査は、結節が充実性か液体で満たされた嚢胞性のものであるかがわかります。いちばん重要なのは、針吸引生検が妊娠中にまったく安全に行えるということで、これによって採取した組織を調べれば、結節ができた原因が明らかになるはずです。

生検で、甲状腺結節が無害なものであるとみとめられた場合、放置するか、甲状腺ホルモンで治療することが可能です。結節にがんがあることがわかったら、手術で甲状腺を取り除きますが、できれば妊娠3ヶ月以降に行った方がよいでしょう。その時期であれば、手術が赤ちゃんに及ぼすリスクは最小限になるからです。また、その代わりに妊娠していない人と同じように、がんをコントロールしやすくするために甲状腺ホルモン治療を行い、出産後に手術をすることもできます〈注釈:このような甲状腺ホルモン治療にどれだけの効果があるのかは不明である〉

まとめとして、妊娠中に甲状腺の病気になった場合は、妊娠中に起こるホルモンの変化が、ある程度血液中の甲状腺ホルモン検査結果を変えることがあっても、診断と治療は効果的に行うことができます。妊娠中の甲状腺疾患の治療は、胎児に危険が及ぶことを避けるために多少の変更が加えられることがあっても、妊娠していない女性と同じように治療が行われます。赤ちゃんが生まれた時には、赤ちゃんに甲状腺の問題がないか十分に検査し、甲状腺の血液検査の定期的な測定がルーチンに行われます。

産後の甲状腺機能不全

妊娠中は、いずれにせよ外部からの侵入者と見なされる赤ちゃんを守るため、母親の免疫系は抑制されているようです。しかし、出産後何ヶ月かのうちに、母親の自己免疫活性は増加する傾向があります。

バセドウ病

妊娠初期にバセドウ病に罹ったら、妊娠が進むにつれて免疫系が抑制される可能性があります。そのため、甲状腺機能亢進症が軽くなり、気分がよくなってくることがあります。薬を飲む必要がなくなることさえありえます。そのような場合、医師は出産後何ヶ月間かあなたの状態を注意して観察するようにするでしょう。これは、あなたの免疫系が活発になった時に、再び甲状腺機能亢進症になることが十分考えられるからです。今まで甲状腺機能亢進症になったことがない人であっても、この産後の時期はバセドウ病が始まりやすい時期の一つです。免疫系の活動が増すことで、あなたが自己免疫性疾患になりやすい傾向を持っていれば、バセドウ病を引き起こすきっかけとなる抗体の活動性を誘発する可能性があります。

症状が軽く、新しく母親になった人では評価しにくいかもしれませんが、心悸亢進や神経質、舞い上がったり、落ち込んだりする感情的変動からこの病気の存在がうかがわれることがあります。また、甲状腺が大きくなるために首が腫れていることに気付く場合もあります。医師は血液検査で、甲状腺ホルモンのレベルが上がり、TSHレベルが低いか検知できないレベルであることを見て、診断を確定します。

放射性ヨード取り込み試験は、母乳を与えていない女性か、放射性ヨードが母乳から消えるまで授乳を中止する意思のある女性にのみ行うべきです。寿命の短い放射性ヨードのアイソトープ123-Iか、または放射性テクネシウムを使用した場合、1〜2日の内に授乳が再開できるのが普通です。この試験はバセドウ病による甲状腺機能亢進症(甲状腺のヨード取り込みは増加する)と甲状腺炎によるもの(炎症を起こした甲状腺はほとんど、あるいはまったくヨードを取り込まない)を鑑別するのに非常に役立ちます。後で示すように、この2つの病気の治療法はまったく異なります。

あなたがバセドウ病であれば、この病気の治療法は同じ病気を持つ患者と同じであると思われますが、あなたが授乳中であれば、医師は特別な要求をするでしょう。抗甲状腺剤(PTUとメチマゾール)は、母乳を通じて赤ちゃんに行くことがあるので、そのような治療が長引く場合、医師は赤ちゃんの甲状腺機能を監視するようにします〈注釈:実際の臨床では、PTU 300mg/日でも授乳しても安全である〉

甲状腺機能亢進症の治療に使われる放射性同位元素131-Iは、甲状腺の検査に使われる123-Iより体内での半減期が長いのです。したがって、医師が放射性ヨードによる治療がいちばんよいと決めた場合、あなたが理解しておかなければならない重要な制約があります。治療量の131-Iからの放射性ヨードは体内と母乳中に最長2ヶ月間残るため、おそらく授乳を止めなければならなくなるでしょう。また、赤ちゃんを不必要な放射線に曝さないようにするために、赤ちゃんとの接触も制限する必要があり、これは治療後最初の1週間は特に気を付けなければなりません。

手術はもう一つの方法です。リスクは多くなりますが《第5章》、医師にはそれを勧めるだけの特別な理由があると思われます。
これらの注意事項が守られれば、バセドウ病は簡単にコントロールできますし、2〜3ヶ月以内に元どおりの健康な状態に戻ることが期待できます。

産後甲状腺炎

産後期に甲状腺機能障害を経験した場合は、バセドウ病でない可能性が高くなります。これは免疫系により作られた抗体による甲状腺の炎症、甲状腺炎である可能性が高いのです《第3章》

世界の様々な地域で行われた調査では、産後甲状腺炎の発生率は全妊婦の3%から21%とばらつきが見られます

数種類の患者調査を最近再検討したところ、アメリカ合衆国では甲状腺機能障害が出産した全妊婦の4.9%に起こることが示唆されました。2.2%は甲状腺機能低下症になります。1.7%は甲状腺機能亢進症になります。そして1%は、甲状腺機能亢進症になった後甲状腺機能低下症になります。第2のグループ(全体の0.2%)の少数がバセドウ病を起こします。Gerstein HC. 産後甲状腺炎はどれくらい多いのか。Archives of Internal Medicine(内科文献記録)1990; 150: 1397

このように広い範囲のばらつきがあるのは、おそらく食餌中のヨードのレベルや甲状腺の検査のタイミング、そして検査方法の感度の差によるものと思われます。アメリカ合衆国での研究では、発生頻度が約5〜8%ですが、明らかに自己免疫性疾患を起こす傾向がある人の中では、もっと高い発生率であることが示唆されています。そのため、抗甲状腺抗体を持つ女性では、産後の甲状腺機能障害の起こる確率は約50%に増加します。

甲状腺は大量の甲状腺ホルモンを貯える貯蔵庫です。正常な状況下では、このホルモンの放出は、体の必要に応じて注意深く制御されています。産後甲状腺炎で、甲状腺が炎症を起こすと、細胞が損傷されて大量の甲状腺ホルモンが血液中に放出されることがあり、このため1ヶ月から3ヶ月続く甲状腺機能亢進症になることがあります。もしこのようなことがあなたに起こったら、甲状腺ホルモンレベルの上昇が中程度である限り、別にどこも悪いようには感じない可能性があります。反対に、ホルモンレベルが劇的に上がったり、ホルモンの変化に特に敏感になるような他の病気がある場合は、不安になったり、震え、頻脈、筋肉の弱りなどを経験することがあると思われます。あなたが甲状腺機能亢進期の間、症状が出るわずかな患者の一人であれば、医師が速い脈拍を遅くしたり、不安を静めたりするためにプロプラノロールやアテノロールのようなベータ遮断剤を処方する可能性があります。

[図40]に示したように、2〜3ヶ月続く産後甲状腺機能亢進症の後に、3つの内1つのことが起こります。

[図40]産後の甲状腺異常
図40

バセドウ病が起こった場合、甲状腺機能亢進状態のままになるでしょう。もう一つは、甲状腺ホルモンのレベルが正常に戻り、そしてそのまま治ってしまいます(一過性甲状腺機能亢進症)。
最後に、炎症の過程で甲状腺組織がひどく損なわれてしまった場合は、甲状腺はすぐに治るというわけにはいきません。このようなケースでは、甲状腺ホルモンの貯えがいったん底をついてしまい、甲状腺機能低下症になることがあります。この時点で、疲れや寒さを感じたり、抑鬱感を覚えたり、筋肉がつることや便秘を経験すると思われます。しかし、これらの症状は甲状腺ホルモン治療で改善されるはずです。この甲状腺機能低下期は、普通約3〜6ヶ月続き、その後甲状腺が回復して再び甲状腺ホルモンの製造と放出を開始します。

約25%の患者がそのまま永久的な甲状腺機能低下症となり、生涯にわたる治療が必要になりますが、一方で他の人では、甲状腺機能障害がもう一度妊娠した時やずっと後になって再発することがあります。少なくとも、医師は甲状腺機能の評価のため、年1回のTSHの血液検査を行いたいのです。

まとめ

妊娠中または産後に甲状腺の病気が生じた場合、甲状腺の検査値を変えるような妊娠によるホルモンの変化があったとしても、診断が可能です。妊娠前または妊娠後の甲状腺の病気の治療は、妊娠していない女性に行うものと同じですが、一部の状況下では、胎児や赤ちゃんの危険を避けるために修正されることがあります。赤ちゃんが生まれたら、甲状腺の病気に関して注意深く赤ちゃんを調べ、甲状腺の血液検査をルーチンに行ってもらうようにします。

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