第3章:自己免疫の患者ガイド

リンパ球は100年以上も研究されているが、これがリンパ球の機能だと自信を持って言えるものは、まだ何一つとしてないし、またその体内での役割はなぞと努力目標のままに止まっている。

Towell, O.A. 著 リンパ球より
国際細胞学評論, 1958; 7: 236

免疫系は健康に欠かせないものです。バクテリアやウィルスのような外部からの侵入者やがん細胞のような異常な細胞からあなたを守る役割をになっています。
このシステムが破壊された時、AIDS(エイズ)ウィルスに感染した人のように、体は自然の抵抗力を失い、最後には圧倒的な感染や腫瘍に屈服してしまうことになるでしょう。
この章では、あなたの免疫系がおかしくなった時に起こる可能性のある甲状腺の病気を述べる前に、信じがたいほど複雑なシステムについての基本的な情報を披露したいと思います。

正常な免疫反応

正常な状況下では、免疫系は外部からの進入者または腫瘍細胞を“非自己”と認識し、直ちに攻撃し、破壊することによりあなたの体を守るのです。
例えば、以前感染したことのないバクテリアがあなたの血液の中に流れ込んだと考えてみてください。急にそのようなものが出てきたことは、マクロファージとして知られる特別な番犬細胞により検知されます。

[図10]にあるように、マクロファージは、特にMHCとして知られているあなたの遺伝子システムの一部でコード化された分子で被われています。MHCとは主要組織適合遺伝子複合体のことです(免疫学用語を簡単にしようという約束がなされていなかったのです)。
これらMHCタンパクには、新しいバクテリアが含んでいるタンパク質があなたの体にとって異物であるということがわかるのです。

そして、マクロファージは機会があれば、バクテリアを捕らえ、飲み込んでしまいます。その結果小胞ができます[図11]

この入れ物の中では、酸性度が上がり、酵素の作用でバクテリアの大部分を破壊し、MHCタンパクにくっついた抗原として知られる大切な部分だけが残ります[図12]

それから、抗原-MHCタンパク複合体は細胞の表面に上がって行き、そこからタンパクが緊密に結合したバクテリアとMHCタンパクが周辺組織液中に突き出します[図13]

丁度その時に通りかかったヘルパーT細胞として知られる白血球がこの突き出した複合体を検知します。このヘルパーT細胞は、どういうわけかMHC-抗原粒子の形とぴったり合い、それと接続できるレセプターがあることを認識するのです[図14]

この結合でサイトカインとして知られる一連のホルモンが産生され、関連細胞により放出されるカスケード反応が生じます。T細胞はサイトカインのひとつであるインターフェロンガンマを放出します。これが、今では有抗原細胞と呼ばれるマクロファージにインターロイキン-1またはIL-1を含むその他のサイトカインを作らせます。
IL-1はT細胞を活性化し、それが今度はインターロイキン-2を含むもっとたくさんのサイトカインを作ります。それにより、T細胞がさらに活性化され、数も増加します。そのため、ごく短い時間で、しかも非常な特異性をもった防衛隊が侵入したバクテリアに対抗して立ち上がるのです[図15]
まもなく、立ち上がったT細胞からその他のサイトカイン(インターロイキン4,5,6)が放出され、さらに多くの防衛隊を招集します。これらは別のタイプのリンパ球で、B細胞として知られています。このB細胞こそが侵入したバクテリアを攻撃し、破壊することができる抗体-免疫グロブリンとして知られる蛋白質-を作るのです。また、侵入したバクテリアに対するそれ以外の重要な援軍が出てきますが、これはまた違うタイプのリンパ球で、キラー細胞(殺し屋細胞)として知られているものです。これの細胞はバクテリアに直接作用することができ、バクテリアにくっついて破壊します。
最後に、バクテリアに対抗する全体的な“戦闘の成果”にある種のバランスを作り出すため、ヘルパーT細胞が先に述べたB細胞の抗体産生を促すと同時に、サプレッサーT細胞として知られる他のリンパ球がB細胞の活動を抑えます。この結果、コントロールされた戦闘となるはずで、そこでは侵入したバクテリア軍は、最終的に完全に破壊されてしまいます。

自己免疫疾患を起こす免疫系のエラー

免疫系が複雑なものであると考え過ぎることがないよう次のことだけを頭に入れておいてください。外部からの侵入物に対してはできる限り多くの対抗勢力が欲しいのですが、無害な蛋白質に対する防衛を行って時間とエネルギーを無駄にすることなく、悪者だけをやっつけたいのだということです。結局のところ、同様に蛋白質である自分の体の組織を破壊したくはないわけです。もし、無差別にそういうことが行われたとしたら、すぐに私達の体は破壊されてしまうことになるでしょう。
現実には、約25%の人が自分自身の体の細胞の一部に対する抗体を作る不都合な能力を持っているように思われます

女性のはぼ17%が、60歳までに血清TSHレベルの増加を生じることで、自己免疫性慢性甲状腺炎に進む傾向があることが明らかになっています。それ以外の男性や女性の多くでも、様々な年齢でグレーブス病やインスリン依存型糖尿病、悪性貧血、ループス(狼瘡)、シェーグレン症候群、回腸炎、大腸炎、多発性硬化症、および慢性関節リューマチなどの病気を起こす場合に、自己免疫性の傾向を示すのです。たくさんの人が自己免疫疾患になる傾向を遺伝により受け継いでいるため、研究者はそういう人の免疫系を変化させ、このような医学的問題を起こす自己破壊的抗体が2度と現れないようにしたり、そういう病気が起こった時コントロールできるようにしようと一生懸命研究しているのです。

もしその細胞が膵臓の細胞であれば、糖尿病が起こります。それが甲状腺の細胞であれば、甲状腺の機能不全になります。そのような、自分自身の細胞に対する抗体反応による病気が、自己免疫疾患と言われるものです。

自己免疫性の甲状腺疾患に関しては、どの抗原が免疫反応を引き起こすのかはっきりわかっていません。おそらく、損傷を受けた細胞から出る不完全な甲状腺のタンパクが、免疫系には”異物”に見えるのかもしれませんし、あるいは甲状腺のタンパクと全く同じ小さなタンパクのかけらが侵入したバクテリアから離れ、そのためバクテリアのタンパク片に対する抗体が、たまたま甲状腺の細胞をも攻撃するという可能性もあります。
その一方で、最近の研究では、甲状腺抗原の一部は甲状腺細胞自身に由来しており、これらの細胞は、マクロファージのようにMHCタンパクと結合するこれらの抗原片を出すのではないかと思われます。甲状腺の研究者は、かなり前から甲状腺機能不全患者のほとんどで、血液中に蛋白質、ペルオキシダーゼに対する抗体が認められることを知っていました。ペルオキシダーゼはどの甲状腺にも見られる酵素で、ヨード分子を活性化し、甲状腺ホルモンを作るのに使えるようにします。
どうしてそれが起こるのかはわかっていませんが、甲状腺に対する自己免疫病を生じる可能性を持つ人は、ペルオキシダーゼに対する抗体を作る能力も持っているのです。おそらくそれがたくさんありすぎるのか、あるいは過剰に産生されているのか、それとも少しばかり不完全に作られているのかもしれません。どのケースであっても、ペルオキシダーゼを含み、甲状腺ホルモンの産生を助ける甲状腺濾胞細胞自身が、突然ペルオキシダーゼを外部からの進入者と決め付け、それを飲み込んでTリンパ球に渡すのではないかと思われます。それに続いて免疫反応が起こり、自分自身の甲状腺組織に対する抗体が産生される結果になるのです。
一度そのような抗体が出現しても、その活動性が長く続かず、サプレッサーT細胞によりバランスがとられれば、物事はそれ程悪くはなりません。しかし、遺伝的に自己免疫性甲状腺疾患になりやすい人では、サプレッサーT細胞に問題があるということがわかっています。これは、サプレッサーT細胞が少なすぎるか、抗甲状腺抗体の産生をコントロールするだけの活性がないかのどちらかです。そのため、抗体がそのまま残り、甲状腺の細胞機能に影響を与え続けることになります。
この筋書きが正しいのか、あるいは他に本当の筋書きが別にあるのかどうかを知るためには、もっと研究を行わなくてはなりません。おそらく、免疫機能不全が組み合わさったものか、あるいは、異なったメカニズムにより、いろいろな障害がおこるのではないかと考えられます。本当の欠陥が何であるにせよ、自分自身の甲状腺組織に対する抗体が出現し、その抗体がそのまま止まり、長期間にわたって甲状腺に作用を及ぼしうる結果となるのです。

抗甲状腺抗体と甲状腺の病気

甲状腺の機能は、普通脳の中の脳下垂体で作られる甲状腺刺激ホルモン(TSH)により制御されています。TSHは血液の流れに乗って甲状腺へ運ばれ、甲状腺の細胞表面にあるTSHレセプターとして知られる小さなタンパク複合体と反応しあいます。一番重要な抗甲状腺抗体は、このTSHレセプターに対して作られるものと思われます。
[図16]に示したように、これらの抗体のあるものは、ちょうど自身がTSHのように、甲状腺を刺激して甲状腺ホルモンの産生を促すようで、そのために甲状腺機能亢進症になるのです。また別の抗体は、レセプターを封鎖して、TSHがうまく細胞を刺激できないようにしてしまいます。TSHレセプターが相当数封鎖されてしまえば、甲状腺の機能は落ちて、甲状腺機能低下症が起こります。
第3のタイプの抗体は、甲状腺細胞上の別のレセプターにくっつくようで、組織の成長を刺激します。このような抗体を持つ患者は、甲状腺腫として知られる甲状腺の肥大を生じることになります。最後に、キラー細胞のリンパ球が甲状腺細胞にくっついて、破壊することがあり、不可逆性の甲状腺機能低下症を起こします[図17]
実際の免疫系のたどる道筋は、先に述べたものよりもっとずっと複雑なものです。免疫学は、また今日もっとも急速に進んだ医学研究分野の一つでもあります。今から10年後にこの本を改訂のため見直すような時が来れば、新しい免疫学上の発見のためこの版が全くの時代遅れとなってしまっており、恥ずかしく思うのではないかと思います。
いろいろ言い訳はしましたが、免疫不全により引き起こされる甲状腺の病気について述べたこの後の章に進むにあたって、この章で自己免疫に関して現在わかっていることの十分説明になっていればと思っています。

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