第2章:甲状腺腫

この場所に住み着いて、首の腫れ物が大きくなってきた。ロンバルディーのよどんだ流れの何かが入り込んだように。同じ様なことがどこか別の場所でも起こっているかもしれない。

─ミケランジェロがシスティーヌチャペルの絵を描いていた間に書いた14行詩より

大きくなった甲状腺

[図9]甲状腺腫
図9

甲状腺腫という言葉はしばしば患者さんを震え上がらせます。これは患者さんが甲状腺がんのことを意味すると思っているからです。本当は、この言葉は単に大きくなった甲状腺のことを意味しているに過ぎません[図9]。
甲状腺腫の原因は数多くありますが、皮肉なことに、がんはその中でもっとも少ないものなのです。
中国人が紀元前1600年頃には甲状腺腫を知っていたのは明らかで、焼いた海綿や海草で、甲状腺腫が時に小さくなることがあることさえ知っていました。ヨードは1812年まで発見されていませんでしたが、今では、中国人の甲状腺腫が小さくなったのは、海綿や海草に含まれるヨードのためであり、食餌の中のヨードの不足によりまず甲状腺が大きくなったのではないかと思っています。古代ローマでは、新婚の女性の首が腫れてきたら、それは妊娠の徴候であると考えられていました。部族によっては、甲状腺腫が大きくなり、ネックレスの紐が切れたら妊娠であると診断されていました。ミケランジェロも、その時代の人々がそうであったように、首が腫れるような何かが入った水を飲んだ後に甲状腺腫が現れると考えていました。でも、ここで述べた例すべてがそうであるように、彼の甲状腺腫は彼が住んでいた地域でヨードが不足していたことによると思われます。

何世紀もの間、医師は甲状腺腫(goiter)という言葉を、単に甲状腺の肥大だけではなく、ほぼあらゆる種類の喉のところの腫れに対して使っていました(実際に、この言葉は喉を意味するラテン語gutturから来たものと思われます)。この甲状腺腫という言葉は実に様々な状態に当てはめて使われていたため、その原因と治療法を見出そうという彼らの努力を混乱させたのです。
今日では、世界的にヨード欠乏がもっとも普通の原因であることがわかっています。実際に、主に発展途上国に住んでいる5億人以上の人が、この必須栄養素の欠乏状態にあると見積もられています。世界の一部の地域では、単純なヨード欠乏症が、食餌中のゴイトロゲン〈注釈:甲状腺を大きくする原因物質の意味〉という物質により、悪化しています。これらの物質は、甲状腺が利用できるわずかな量のヨードを使えなくしていまいます。
普通に見られるゴイトロゲンの一つは、チオシアン酸塩です。これは、キャッサバ(イモノキ科の植物、タピオカの原料)などの根菜の中に見出されます。これらの根菜類は、発展途上国、特にアフリカの人々の食餌の大きな部分を占めていることが多いのです。世界のその外の地域では、水質汚染物質が正常な甲状腺の機能を妨げることが、甲状腺腫の原因と信じられています。例えば、ケンタッキーに住んでいる子どもにヨード欠乏症はありませんが、天然水が石炭や頁岩油(ケツガンユ)で汚染されると、甲状腺腫が起こることがあります。ある種の薬でも甲状腺腫を起こすことがあります。リチウムは精神病の薬として普通に使われていますが、これを飲んだ患者の10%以下に甲状腺腫が起こります。
一時期、5大湖周辺地域は、そこに住んでいる人の中にヨード欠乏性甲状腺腫が高率に見られたため、甲状腺腫地帯として知られていました。幸いに、ヨードを添加した塩とそれ以外のヨードを含む食物により、アメリカにはもはやヨード欠乏症は存在しませんし、他の先進国でもめったに見られなくなっています。もし、あなたがアメリカに住んでいて甲状腺腫になったのであれば、それは食餌中にヨードが欠乏しているためではありません。甲状腺の肥大は、むしろ甲状腺に何か他に悪いところがあることを意味しているのです。
医師は、甲状腺が “正常なサイズ”に比べて大きくなっている場合のみ、甲状腺腫と診断することができます。甲状腺が大きくなっているかどうかを見分ける方法はいくつかありますが、世界保健機構(WHO)が使っている比較的大ざっぱな方法は、甲状腺の各葉が親指より大きくなっているべきでないというものです。一般的な法則として、甲状腺が目にみえるのであれば、それは肥大しています。甲状腺の肥大を見分けるもっとも感度の高い方法は、超音波と呼ばれる音波を使う機械です。超音波を使って研究者は、成人の甲状腺は約20mlより大きくあってはならないと定めました。これは、各葉がティースプーン2杯分に相当します。
甲状腺腫の存在は、甲状腺の活動が活発になり過ぎていることを意味することがあります。もしそうであれば、その外にも、脈が速くなったり、神経質になったり、体重の減少、下痢、手の震えなど、甲状腺機能亢進症の徴候が出ている可能性があります。一方で、甲状腺腫が甲状腺機能不全の最初の徴候である場合もあります。このようなケースでは、血液中の甲状腺ホルモンのレベルが下がり、そのため脳の基底部にある脳下垂体から甲状腺刺激ホルモン(TSH)が放出されます。それが甲状腺を大きくするのです。この問題がある場合、他にも疲れる、頭がはっきりしない、便秘、寒い天気が嫌になるなどの甲状腺機能低下症の症状が出ている可能性があります。慢性甲状腺炎として知られる甲状腺の炎症により起こる甲状腺機能不全や甲状腺腫も多いのです。そのような炎症は、はっきりした感染を伴っていません。むしろ、関節炎や滑液包炎のように、その反応が甲状腺のような体組織に損傷を与えるのです。ある時は、医師が過去に甲状腺機能亢進症をコントロールするために行っていた治療により、甲状腺機能不全が起こることがあります。甲状腺腫が、甲状腺の機能を低下させるような遺伝的条件によって出てくることはめったにありません。甲状腺が血液中から正常にヨードを取り入れることができないのかもしれませんし、また甲状腺内でうまく甲状腺ホルモンを作り出せないような他の問題があるのかもしれません。このようなものは、いわゆる代謝異常であり、まれなものです。しかし、家族の中にそういう問題が存在することを確認するのは、あなた自身や親類にとって有益であるはずです。
甲状腺腫が甲状腺の感染に伴って生じることも多いのです。そのような場合、甲状腺に痛みがあり、発熱、寒気、だるさ、筋肉の痛みなどその外の炎症症状が出ている可能性があります。
時に、甲状腺が全体的に大きくなっているように見えるものが、実は甲状腺内に現れた腫瘤、または結節であることがはっきりすることがあります。幸いに、これらの結節のほとんどはがんを含んでおらず、その代わり良性(害のない)の腫瘍や液体で満たされた嚢胞、あるいはその他の無害な病気によるものです。
最後に、これは一番ありふれたものですが、甲状腺の活動には何ら変化を来たさず、炎症や感染がなく、また腫瘍や嚢胞の証拠もなしに甲状腺腫が起こることがあります。このタイプの甲状腺肥大には、数種類の名前が付いています。ある医師はおそらく、めったに合併症を起こさないものであるため、単純性甲状腺腫と呼ぶでしょう。また、他の医師は、それが原因で気分が悪くなることがないため、非中毒性甲状腺腫と呼びます。私共は、それがすべてたくさんの小さな結節を含んでおり、後になってもっとはっきり凹凸が目立つようになる傾向があるため、多結節性甲状腺腫と呼ぶ方を好みます。このような甲状腺腫は家族内に伝わる傾向があり、ほとんどの甲状腺の問題がそうであるように、男性より女性に多いのです。甲状腺の機能は正常であるのが普通ですが、甲状腺機能低下症が、特に高齢の患者に起こることがあります。
もし、甲状腺腫ができたら、医師の診察や甲状腺機能の検査を含め、甲状腺の診査を受けるべきです。これは、その甲状腺腫が甲状腺の問題の最初の徴候であるかもしれないため、重要なことです。そして迅速な診査と早期治療で病気が重くならずに済むかもしれません。
診察の間、医師が甲状腺の機能の変化を示す症状や、頚部の不快感や嚥下や呼吸困難、あるいはしゃがれ声のような頚部の甲状腺付近の組織の圧迫をうかがわせる症状について尋ねます。また、家族の他のメンバーにも甲状腺の問題があるかどうか知ろうとするでしょう。これは、その甲状腺腫があなたの家族の中に同じ病気に罹っている他の人がいる可能性を示しているかもしれないからです。
医師が甲状腺腫の原因を突き止めるために選ぶ甲状腺の検査法は、ある程度、診察中に見出された所見で決まります。もし、医師が活発すぎる、あるいは不活発な甲状腺であることを疑っているのであれば、血液中の甲状腺ホルモンと脳下垂体のホルモンであるTSHのレベルを測定する検査が役立つと思われます。血液検査で、血液の中に自己抗体として知られる物質の存在が明らかになるかもしれません。これは甲状腺が自己免疫性の甲状腺炎に罹っているという証拠です。放射性スキャンは、甲状腺全体、または甲状腺内にある結節の機能を明らかにするのに役立ちます。音波を使った甲状腺の超音波画像診断は、充実性の甲状腺結節と液体で満たされた嚢胞を鑑別するのに役立ちます。最後に、医師が顕微鏡で組織を調べるため、甲状腺から細胞を採取することさえ可能です。この方法は、甲状腺針生検として知られていますが、特にがんの疑いがある場合には非常に役立ちます。
ほとんどの甲状腺腫は、正常に機能しており、がんが含まれていることもないと思われますので、甲状腺が大きくなり過ぎて見苦しくなったり、声がしゃがれたり、物を飲み込むのが困難になったり、あるいは頚部の不快感をおぼえることがなければ、医師が治療の必要はないという結論を出す場合もあります。そのようなケースでは、甲状腺の機能をコントロールしている脳下垂体の機能を抑えるため、甲状腺ホルモンの錠剤が投与されることもあります

最近の研究のいくつかで、甲状腺結節に対する甲状腺ホルモン抑制療法は、偽薬と効果は何ら変わらない可能性があることが示唆されています(Gharib H. et al. N Engl J Med 1987; 317: 1-8. Reverter JL et al. Clin Endocrinol 1992; 36: 25-28)。
それにもかかわらず、多くの臨床家が甲状腺ホルモン治療に反応する患者もいると信じており、今でも良性の甲状腺結節のある患者のほとんどに、少なくとも6ヶ月から12ヶ月間使われています。最近行われた研究はこの考えを裏付けています(La Rosa GL, et al. 甲状腺の孤立性良性コールド結節の治療において、レボサイロキシンとヨードカリのどちらも有効である。Ann Intern Med 122; 1995: 1-8)。

脳下垂体から出る甲状腺刺激ホルモン(TSH)の放出を阻止することにより、甲状腺ホルモンの錠剤で甲状腺腫のサイズが小さくなり、それで不快感が緩和されることがあります。ホルモン療法で甲状腺腫が小さくならない場合は、手術で取り除くことができますが、手術が必要なことはめったにありません。それに対して、検査の結果、薬や甲状腺機能の変化、あるいはがんなどが甲状腺腫の原因であることがわかった場合は、医師はその特定の問題に対する治療を行います。

まとめ

甲状腺が大きくなった場合、おそらく害のない多結節性甲状腺腫であると思われますが、他に何か悪いところがあり、そのための治療が必要な場合もあります。
したがって、医師に診察を受け、適切な検査をしてもらわなければなりません。
以後の章で、医学的診査によって明らかになると思われる、甲状腺腫や甲状腺機能異常を起こす可能性のある多くの問題について詳しく述べています。

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