第9章:亜急性甲状腺炎

最初にこの病気を報告したスイスの医師の名にちなんで、亜急性甲状腺炎は別名ケルバン甲状腺炎として知られる。この病気は特に北米でよくみられる。これは、この病気について医師がよく知っているために診断をしっかり付けるためであろう。この病気は放っておいても自然によくなるので、軽症例では医療機関に行かないかもしれないし、もっと重症例でも誤診されているかもしれない。男性に比べて、女性がかかりやすく、すでに甲状腺腫を持っているひとがかかりやすい。甲状腺内の炎症はウイルスによって引き起こされると考えられている。原因として最も考えられているのはコックサキー・ウイルス(これはニューヨーク州のコックサキーという地名のところで初めて分離されたためにこの名前がつけられた)で、その他にオタフク風邪ウイルスなども疑われている。ウイルスを同定するのはお金もかかるし難しいので原因ウイルスを見付ける努力はなされていない。有効な抗ウイルス薬も見付かっていない。

亜急性甲状腺炎とはどのようなものですか?

この病気の程度は大変軽いものから重篤なものまで様々です。この本の著者の1人であるBayliss医師も実は亜急性甲状腺炎にかかったことがあり、あなたがたにこの病気を説明するのによい立場ですが、これはあくまでも個人的なことなので、そのことはご了承ください。

40歳のある夏の日、私は特に理由もなく大変疲れた感じになった。夕食後すぐにベッドに横になったが、熱っぽいので体温を測ったところ37.7度であった。その夜はよく眠れたが、翌朝、眼が覚めたときに頭痛や体中に痛みを感じた。体温は少し高い程度だったので、仕事に出かけた。その夜も早く床についた。そして、頭痛はアスピリンをのむ必要があるほどひどくなった。風邪をひいたのだと思った。数日間は症状は同じ様で変わらなかった。1週間が経っていつものように早く帰宅して床についていたら、妻から知人の内分泌学の教授を食事に招待していると知らされた。彼は私の旧友なので、すぐに食堂に降りていって、どうも風邪をひいたようだと話した。食事が終わって、友人は「甲状腺炎にかかったと思わないかい?」と言った。私は「そうは思わない。何故、そんなことを聞くのかい?」と質問した。「何故なら、まるで首のところが痛いんじゃないかと思う程、食事の間中ずっと首をさすっていただろう」「確かに君の言う通りだ」と言って甲状腺のところを指で押さえてみた。「甲状腺の部位に圧痛があるし、ものを飲み込むときに少し痛みもある。さらに痛みは耳の下まで放散する」翌日、もっと悪くなってきたので、近くに住む知人の家庭医に診てもらった。彼は問診をとり、体を隅々まで診察した。自己診断は彼を馬鹿にしていると感じたので、甲状腺の痛みについては話さなかった。家庭医は幾分、困惑しているようにみえた。「明朝、又、見せてください。それまでに血液を取って少し調べてみましょう」と言って帰っていった。翌朝、彼は「あなたは亜急性甲状腺炎にかかっていると言ったら、私は気が違ったと思いますか?私は分厚いオックスフォードの内科学教科書のあなたが執筆されているデ・ケルバン病について読みましたが、あなたの場合は、典型的な軽症例とおもいます」と言った。彼は正しかった。しかし、病気はこれで終わりではなかった。

もし、亜急性甲状腺炎にかかったら、まず病気は、疲れ、筋肉痛、頭痛や微熱などの風邪症状で始まる。数日後にウイルスは甲状腺に入ってきて、甲状腺は腫れ、自発痛や圧痛が出てくる。嚥下痛や耳部への放散痛も出現する。甲状腺はウイルスのために炎症があるので、貯蔵されている甲状腺ホルモンは血中に流出し、血中甲状腺ホルモン値が高くなる。これは甲状腺機能亢進症を引き起こす。ベッドで安静になっていても、脈が常に80~90/分打っているなと感じていた。又、汗をかきやすくイライラもしていた。よく食べているにもかかわらず一週間で1.8kg減り、それからも少し減った。ティーカップを持つときに、手が震えていた。それらの症状がよくなるのに1ヶ月間かかった。その間にわたしがしたことと言えば、アスピリンを飲んだだけである。
病気になったとき、まず喉の痛みで医師を訪れるかも知れない。この時、痛みは首の前面にあることをはっきりと言わなければ、医師は咽頭痛と思い診察をするが、扁桃腺にはあまり異常は見られないことに気付く。もし、医師が甲状腺の痛みであることに気付かないならば、誤診するかもしれない。
亜急性甲状腺炎は多くの場合3~6週間で良くなり、症状があっても我慢していれば良くなることもある。症状が強い時は、もう少し長い間、良くなったり悪くなったりしながら症状が続く。

診断はどのようにしてするか?

病歴からこの病気を疑ったり、医師がどこに異常があるかに気付けば、診断は易しい。炎症のある時期には血中T3、T4は高値となり、フィードバックにてTSHは抑制される。他の甲状腺機能亢進症と鑑別するには、放射性ヨードシンチが必要である。甲状腺細胞はウイルスにより破壊されているので、甲状腺細胞はアイソトープを取り込まない。《第3章》で説明した自動車工場にたとえると、製品としての自動車は出荷されるが、原料の鉄が工場に入っていかないようなものである。
時として、亜急性甲状腺炎と慢性甲状腺炎の炎症のために血中甲状腺ホルモンが高値になり、甲状腺部に圧痛を伴う場合には鑑別を要す。これは慢性甲状腺炎の急性増悪として知られ、アイソトープの取り込みも低下しているために、鑑別の鍵は甲状腺自己抗体が陽性かどうかである。慢性甲状腺炎では当然陽性である。無痛性甲状腺炎では、甲状腺ホルモンは高値でアイソトープの取り込みも低値だが痛みがないので区別できる。バセドウ病とも痛みで鑑別できる。

治療

軽い亜急性甲状腺炎の場合は、アスピリンなどの鎮痛剤以上の治療は必要としない。もし、甲状腺機能亢進症があればベータ・ブロッカーを必要とする。炎症が強い場合は、副腎皮質ステロイド服用で痛みは治まる。プレドニゾロン30~40mg/日を飲み始め、1週間で減量し、その後は3週間以上かけて漸減す。一部の人で薬中止後に再発するが、薬を又、飲めば良い。永久的な甲状腺破壊は希だが、一過性の低下症はみられることがある。

問題と解答

Q1. 一週間前にもらった薬でかなり楽になった。脈はゆっくりになったが、まだ首のところが痛い。物を飲み込む時には以前より痛いように思う。何か他に治療法はあるのか?
ベータ・ブロッカーが効いているのでしょう。脈がゆっくりになったのはこのためです。しかし、アセトアミノフェンは強い痛みを取る程、強くありませんのでステロイドを4~8週間服用したほうがよいでしょう。
Q2. 亜急性甲状腺の甲状腺破壊は永久的なものですか?
殆どの場合、違います。多くの人は永久的なダメージを残さずに治ります。時として、一時的に低下症になりますが、これも自然に回復します。
Q3. この病気の原因は?
ウイルスによって引き起こされると考えられていますが、どのウイルスかは分かっていません。おたふくかぜウイルスが原因とされることもあるが、このウイルスに対する特効薬は今のところありません。
Q4. ワイフや子どもにうつりますか?
いいえ。

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