第8章:甲状腺機能低下症

甲状腺の働き不足の原因

甲状腺機能低下症の原因は沢山ある。一番多いのはヨード不足である。ヨードは甲状腺ホルモンの材料なのでこの物質の欠乏は甲状腺ホルモンの不足を引き起こす。これは、材料がなくて物を作ろうとするようなものである。このような低下症のときは普通、甲状腺は腫れている。
しかし、《第7章》に述べたように、西洋では橋本病が甲状腺機能低下症の一番多い原因である。次に、バセドウ病に対する手術やアイソトープ治療後の一過性のものもあるが、通常はこのタイプの場合は永続性である。
他の希な原因について以下に述べる。この中には原因を取り除くとよくなるものもある。

  1. 抗甲状腺剤の効きすぎ
  2. 薬局で売っているヨードを含んだ咳止めなど。甲状腺の病気を持つ一部の人でこの類の薬で甲状腺機能低下症に陥る。
  3. 医師が処方してくれる薬。鬱病の薬のリチウムや不整脈の薬のアミオダロン。
  4. キャベツ、昆布(特に日本)やいくつかの健康食は抗甲状腺作用を有する。
  5. 先天性甲状腺ホルモン合成障害。
  6. 産後女性の1/10に起こる一過性の甲状腺機能低下症。
  7. 下垂体からのTSH産生の減少。下垂体機能低下症では、下垂体で作らる他のホルモンも低下している。甲状腺自体の働きが低下している時はTSHが高いが、下垂体機能低下症はTSHは正常か低い。

甲状腺機能低下症の症状

甲状腺機能低下とは、甲状腺ホルモン(T3やT4)の産生が低下した状態に対する病名である。原因は何であれ、甲状腺機能低下症の症状は同じであり、症状の程度は、甲状腺ホルモン値や経過の長さで決まる。粘液水腫と言う病名は、重症の甲状腺機能低下症を表現する場合に使われる。一概に甲状腺機能低下症といってもTSHが少し増加しているだけのものから、医師が診てすぐ分かるような重症のものまであるので注意を要す。
たいていの場合は甲状腺機能低下症は本人や周りの人が気付かない程ゆっくりと発症する。

[表3]甲状腺機能低下症の症状の程度
程度 症状 フリーT4 フリーT3 TSH
代償的 なし 正常 正常 軽度高値
潜在的 なし又は軽度 軽度低値 正常 高値
典型的 軽度又は著明 低値 低値又は正常下限 異常高値

成人の典型的甲状腺機能低下症

[図5]甲状腺機能低下症患者の症状
図5
《第4章》バセドウ病の[図3]と比較して患者の動きが少ないことが特徴です。

最初の症状は単なる疲れのみのこともある。又、のろくなったと感じることもある。周りの人と比べて寒がりにもなる。春や初秋に暖房を必要とするかもしれない。季節に似合わず、厚着になる。生理は量が増え、期間も長くなる。時には反対に無月経になることもある。体重が増えることもあるが通常年4kg以上は太らない。皮膚は乾燥して厚くなる。頭髪が抜けやすくもなる。眉毛や腕の毛もうすくなる。恥毛、腋毛もうすくなる。手はむくんで声は低くなる。聴力も低下し、電話のベルも聞こえにくくなる。便秘になる。筋肉痛や筋けいれんも起こる。又、夜間や朝の起床時に手や指にピンや針で刺したような痛みを感じるかもしれない。これは手首のところで正中神経を圧迫したための症状である。これは手根管症候群と言われる。この症状は甲状腺ホルモンが正常化すればよくなる。甲状腺機能低下症をもつ高齢者の場合には、早足で歩くときや坂道を登るときなどに胸痛を覚えることがある。この痛みはしばらく歩くのを止めればよくなってくる。これは狭心症と呼ばれる病気で心臓を養う血管が細くなるために起こる。同様に脚の動脈が細くなれば、歩行時にふくらはぎが痛くなり途中で休まなければ歩けなくなる。これを問欠性跛行という。重症の粘液水腫では足下がふらつき、いったん倒れたりすると外出しなくなってしまう。言葉はゆっくりして不明瞭になる。もっと重症になれば、希に知能障害もでる。幻聴や、食べ物に毒が入っているなどと妄想を抱いたり、不穏状態になることもある。甲状腺ホルモン剤で治療を始めるとこれらの症状はほとんどの場合、よくなってくる。代謝が落ちているので、冷たい日などに意識消失を来すこともある(粘液水腫昏睡)。これは友達や親戚の人が全く訪れない一人暮らしの高齢女性によくみられる。この粘液水腫昏睡は重篤な状態で、命を落とすこともある。

軽症の甲状腺機能低下症

甲状腺機能低下症が軽度のときは症状がはっきりしないことがある。理由の見つからない疲れ、やる気のなさ、寒がり、皮膚乾燥、便秘、多量の生理、むくんだ感じなどを自覚することもある。

医師の診察でなにが分かるか?

甲状腺機能低下症の程度によって医師は変化に気付くことも、気付かないこともある。健康なときのあなたを知っていて、長い間会っていない医師ならば、甲状腺機能低下症がひどい場合にはすぐに変化に気付く。顔がむくんでいるのに気付くであろう。もし、貧血になる程、生理が多くなければ頬はピンク色をしている。しかし、皮膚は黄色味を帯びていることもある。まぶた、手、くるぶしがむくんでいることを指摘されるかもしれない。動き、会話や思考力がゆっくりになる。脈拍はゆっくりになり、血圧が高くなる。腱反射は鈍くなる。腹水や胸水が貯まることもある。特に心のう液が貯まると息切れなどの症状が出てくる。低下症の原因が橋本病のときには、甲状腺は腫れていたり、正常の大きさや萎縮していることもある。もし、甲状腺が腫れていれば、触診では硬く触れる。時に1~2個の結節を触れることもある。この結節は自己免疫機序による破壊から免れた正常甲状腺組織であるが、甲状腺ホルモンを産生する力は低下している。

成人甲状腺機能低下症の診断

低下症の程度は甲状腺機能検査によって判別する。典型的な甲状腺機能低下症では、T3とT4は低値で、TSHが高値である。甲状腺機能や治療経過をみるために間接的な検査が使われることもある。腱反射時間を測定することもある。血清コレステロールは高値で、治療により下がってくる。心電図の変化も治療をすることで正常になる。橋本病の存在が分かっているとき、術後やアイソトープ治療後であるときを除いて医師は普通、甲状腺自己抗体を調べる。自己抗体陽性のときは、他の自己免疫病を合併する可能性が高い。医師があなたの健康な頃を知らなければその頃の写真を見せると甲状腺機能低下症の診断の助けになるかもしれない。治療の前後の写真と比較すれば治療がうまくいったことがよく分かるであろう。

子どもの甲状腺機能低下症

8歳頃にみられる甲状腺機能低下症は主に異所性甲状腺腫か橋本病によるものである。頻度は低くなるが、先天的な甲状腺ホルモン合成障害もみられる。甲状腺が正常に発育していなくても、最初は甲状腺ホルモンをどうにか正常に保てるが、子どもが大きくなるにつれてそれに見合った量の甲状腺ホルモンを作れなくなって、甲状腺機能低下症になる。この年齢における甲状腺機能低下症の最も大きな問題は身長が伸びないことである。他の症状は希で、驚くべきことに知能、運動などは他の子と同じである。身長は低いが、たいていは丸々と太っていて首などは脂肪でふくれている。性徴や思春期は遅れることがあるが、症例によっては反対に思春期が早い場合もある。甲状腺機能低下症の診断方法は、子どもであろうが、大人と基本的に違いはない。骨のX線をとると、同年齢の子どもに比べて骨の発育が遅れている。アイソトープ検査をすると、甲状腺の発育障害の場合はアイソトープの取り込みはほとんどない。異所性甲状腺のときは、甲状腺部ではなく舌根部にアイソトープが取り込まれる。

新生児の甲状腺機能低下症

新生児の甲状腺機能低下症の場合、治療の遅れは永続性の知能障害を残すので、診断の遅れは不幸な結果を招く(これをクレチン症という)。西洋社会では、先天性甲状腺機能低下症の多い原因は甲状腺発育障害と異所性甲状腺である。頻度は出産10万人につき30~40人である。先進国では、生まれてくる子どもは全て甲状腺機能低下症のスクリーニングをする。
ヨード欠乏地域では、新生児の甲状腺機能低下症の頻は高く、知能障害と神経系の障害は重篤である。多くの場合、母親もヨード欠乏による甲状腺腫を持っている。又、抗甲状腺作用の含まれた水や食物も摂っている可能性がある。このタイプの甲状腺機能低下症は、母親にヨードを注射したり、食塩やパンにヨードを添加することで防げる。

甲状腺機能低下症の赤ちゃんの症状は?

一言で言えば、専門家がみたとしても他の赤ちゃんと何等変わったところはない。ゆえに、先進国では、生まれてくる全ての赤ちゃんに甲状腺機能低下症のスクリーニングを行っているわけである。症状が出るかどうかは甲状腺機能低下症の重症度による。そして大きくなるにつれて症状がより明らかになる。しかし、その頃には脳へのダメージは非可逆性になっている。甲状腺機能低下症の赤ちゃんは発育が遅れる。その赤ちゃんは足のけりも弱く、異常に眠る。便秘は必発である。鳴き声は嗄れて、頭髪は短く粗い。腹は膨満し、へそは大きく突き出し、時には破裂する。舌は巨大になり、特徴的なむくんだ顔を呈する。無治療で放置されると、脳の障害のために腱反射亢進を伴った筋の協調性低下、振戦、動揺性がみられるようになる。もし、スクリーニングをしなければ、多くの甲状腺機能低下症の赤ちゃんは6ヶ月経たないと診断をつけるのは難しい。しかし、この頃になるととり返しのつかないクレチン病になっている。6ヶ月を過ぎて治療を始めた場合は身体的な症状はよくなるが、知能は元に戻らない。

新生児甲状腺機能低下症の診断

全ての新生児は生後5~10日までには甲状腺機能低下症のスクリーニングを受けなければいけない。足のうらを針で刺して濾紙に4滴の血液を滴下する。2滴はTSH測定に残りの2滴はもう一つの先天性代謝異常のフェニルケトン尿症のスクリーニングに使われる。甲状腺機能低下症の赤ちゃんでは血中TSHは有意に増加している。血中TSHがほんの少し高い場合には、再検する必要がある。時に、先天性甲状腺機能低下症は一過性のことがあり、治療をしなくても甲状腺機能は正常になる。このような一過性のものは未熟児や妊娠中に甲状腺ホルモン剤、抗甲状腺剤、ヨード含有物質を服用していた母親から生まれた赤ちゃんによくみられる。スクリーニングでひっかかった新生児は全て治療していたほうが安全である。そして、1歳になった頃に数週間、薬を中止してT4とTSHを注意深くフォローする。もし、T4が減ってTSHが増加してくるようなら、チラージンSは再開する。短期間の薬の中止による永久的な知能障害は残さない。

治療

甲状腺機能低下症の最も良い治療はサイロキシンによる補充療法である。サイロキシンは合成されたものだが、人間の甲状腺で作られる甲状腺ホルモンと同一のものである。ちゃんとしたメーカーで作られる錠剤は甲状腺ホルモンの量も正確で安全である。50μgと100μgの2種類の錠剤がある。イギリスや北米では25μgのものもある。アメリカではもっと他の種類の量のものがある。サイロキシンは安定であり、有効期間が長い。サイロキシンの開始量は以下の条件で加減される。

  1. 年齢。高齢者では、心臓に負担をかけないように25μg位の少量から始める。何らかの心疾患をもつときは、特に気を付ける必要がある。
  2. 甲状腺機能低下症の有病期間。甲状腺術後すぐに起こったような機能低下症の場合は、サイロキシン100~150μg/日から始めても安全である。低下症の経過が長い場合は、サイロキシン50μg/日から普通始める。サイロキシンの維持量は自覚症状と血液検査の結果から医師により決められる。投与量変更の決定は2~8週毎が適当である。検査結果に関して、何を目標とするかについては専門家の間でも意見が一致していない。サイロキシンを投与して、TSHを正常域まで低下させることは全員が賛成している。この量のサイロキシンを投与すると普通、総及び、FT4は正常より少し高値になる。しかし、総及びFT3が正常である限りは、問題とならない。最終的なサイロキシン投与量は、甲状腺機能低下症の程度と年齢により決まる。成人で甲状腺の働きが全くなくなった場合には通常、サイロキシン150~200μg/日を要す。時に250μg/日を要すこともある。サイロキシンはすぐには効かない。
    月曜日に服用したサイロキシンは金曜日になって効き始める。このように作用がゆっくりしているので、服用は一日1回で良い。一日2~3回に分けて飲む場合は、よく昼をのみ忘れることがある。飲み忘れの少ない時間、例えば朝食前の歯磨きの時、一回服用するだけで良い。夜が明けたら奇跡が起こって治っているようなことは期待してはいけない。甲状腺機能低下症の期間が長ければ長い程、元の元気を取り戻すのに長くかかる。場合によっては6~9ヶ月掛かる。体の組織が元に戻るのにそれくらい要するのである。

投与開始時の問題点

たとえ少量のサイロキシンで始めたとしても、高齢者では、動悸、不整脈、息切れ、足首の浮腫や狭心症などの心臓の問題を引き起こすことがある。
サイロキシン服用開始時には、若い人でも、時々、動悸を感じることがある。インデラールなどのベータ・ブロッカー投与で、そのような症状は鎮められる。
特に高齢者で甲状腺機能低下症の期間の長い人では、サイロキシンによる治療開始時に、筋肉痛や、大腿部、腕、背中の痛みなどを訴えることがある。このような症状が出ても薬を中止してはいけない。
鎮痛剤をのむことでこの時期を通過することができる。自然にこの症状はとれてくる。症状が落ちついてきたら、甲状腺機能低下症がどの程度よくなってきたのか、それを示すデータ、現在のサイロキシン投与量などを書いた文書を医師にもらうとよい。将来、医師を変えるときか海外に行くときにこの文書は役立つ。
あなたが元気そうなので、新しい医師は服用を続ける必要性に疑いをもち、サイロキシンを中止しようとするかもしれない。サイロキシンの補充量は年と伴に少しずつ調整することもある。
橋本病があれば、甲状腺機能は徐々に低下してサイロキシンの量を多くすることもある。高齢になるとサイロキシン投与量は減ってくるかもしれない。これらの理由から甲状腺機能は理想的には1~2年に一回は調べる必要がある。甲状腺機能低下症の患者の中には、サイロキシンをのむと体重が減るという誤った考えをもって、サイロキシンを多めに服用する人がいる。サイロキシン中毒のようになって甲状腺機能亢進症を呈する程の量を服用している人がいるのは疑う余地はない。のみすぎは心臓に負担をかけるし、骨を弱くして大腿骨、手首、背骨の骨折を引き起こす。サイロキシン以外の薬も甲状腺機能低下症に対して使用されるがあまり勧められない。それらは生物学的活性がまちまちで有効期限が短いうえに、純粋な甲状腺ホルモンではない。イギリスではもはやそのような薬は使われない。
T3は時々使われるが、粘液水腫性昏睡の時以外はT4に比べて有利な点はない。T3は効果が迅速で、作用時間も短いために投与方法としては一日一回は適さない。もし、T3が使われるときは投与量はT3、FT3、TSHで決められる。T4、FT4は抑制されるために投与量を決めるときは使えない。
赤ちゃんや子どもの甲状腺機能低下症の治療も大人のそれと同じである。赤ちゃんの治療開始量はサイロキシン25μg/日もしくは25μg/隔日、子どもの場合は50μg/日である。投与量は成長するにつれて増量してゆく。量の調節は血中T3とTSHをみながら行う。治療がうまくいっているかどうかは身長の伸び具合や骨年齢をみる。サイロキシンをのみ過ぎていると、落ちつきがなくなったり、普通の子どもより成長が早くなる。

問題と解答

Q1. 一ヶ月前からサイロキシンをのみ始めたが、元気になったようには思えない。
甲状腺機能低下症になるのに数ヶ月間、もしくは数年かかっているので、再び元気になるのには4ヶ月間かそれ以上かかる。
Q2. 私の息子は出産後すぐに甲状腺機能低下症と診断された。彼は現在1歳で医師は一ヶ月間サイロキシンを中止して検査したいと言うが安全か?
安全です。サイロキシンが本当に必要かどうかをみる唯一の方法です。
Q3. サイロキシンをのみ始めて2ヶ月経ちますが先月も生理の量が多かった。よくなってきますか?
多分、良くなってくるでしょう。元に戻るにはもう少し時間がかかります。
Q4. 甲状腺ホルモン剤をのむ時間はいつがよいか?
一日の内でいつでもよいです。多くの人は朝起きて歯を磨くときにのむと忘れずにのめると感じている。
Q5. 今月のサイロキシンは以前のものより錠剤が大きいと思う。以前のものは0.1mgと書いてあり、今回のは100μgと書いてあった。薬局が間違って出したのでしょうか。体の調子はよいです。
0.1mgと100μgは同じです。いくつかの製薬会社でサイロキシンを作っており、サイロキシンの量は同じだが全て同じ大きさというわけではない。しかし、量の違う何種類かのサイロキシンがあるので、自分が服用しているものが正しい量かどうかはチェックする方がよい。

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